一方で、もう一つの京都像として、閉鎖的な街という側面も見逃せない。京都人は「1人が間に入れば、京都中どこにでも繋がれる」という例をよく使う。実際に、新しく出会う人とは、ほぼ必ず共通の知人がいたりする。ご縁という言葉をよく耳にするのも京都ならではかもしれない。

 ただし、そうした狭い世界故の悩みもある。数百年ずっと同じ土地に留まる人や店も多く、何かがあるとすぐに噂が出回ってしまう。生粋の京都人と話す機会があると、親からは「よそであまり変なことをしないように」ときつく言われて育ったという話も聞く。

 引っ越しができないという難しさから、京都人は直接的に物を言わず、それとなく相手に伝えがちだが、それだけ人間関係に非常に気を遣っている証拠でもある。最初は距離感を感じるが、一度入り込むとその懐の大きさは無限大、それが筆者の京都に関する印象だ。

 新しいものを受け入れる素地はあるけれど、何百年も地元に根付いた京都人というフィルターを通れるものしか残らない。京もの=京都人が認めたもの、という定義をする人もいるぐらいで、そうした姿が上から目線だ、京都人はややこしい、と言う人もいるが、そうではなく自分たちの文化を大事にしていて、また、自分たちの生き方に自信を持っている証拠だ。

 ただ、いまだ筆者にとって京都は謎がある街だ。神社仏閣が立ち並び一見保守的でありそうなのに、なぜか政治勢力は共産党が強かったり、京都大学には全国のユニークな学生が集まる。周囲と横並びに生きているようで、実は非常に強い個性を持った人々の集まりにも思える京都。今後、引き続き京都に通い調査を続けることで、こうした謎を解く答えを見つけることができるかもしれない。

職人が作る焼き物は100円ショップの食器と何が違うのか

 今回の調査は、本当に沢山の方々の支援があり、多くの気づきや学びを得ることができた。まだまだ表面しか知ることができていないので、第二弾の調査も敢行したい。形あるものは必ず失われていくが、それでも次の時代に文化を残すことの意味について考えたいと思う。

 例えば、ある職人の方ははっきりとこういった。

「自分が作っているものについては、絶対に明治時代の職人が作ったものの方が質は高い。それは制作により多くの時間をかけることができるからだ。それに何より、一流のものを欲しがる人たちがたくさんいた。一方で、今の時代はやらなければならないことも多い。一つ一つの作業にかける時間や注意力は減るから、質も落とさざるを得ない。自分のことで手一杯だから後進の育成は夢のまた夢。給料も多く支払えないから、人材も集まりづらい。自分でも最善を尽くせていないのはわかるが、何より悲しいのは、そうした質の低下にお客さんは気づかないことだ」

 全ての工芸品に当てはまるものではないにせよ、この人の発言は筆者にはショックだった。ただ、よく考えれば自分の身にも覚えがある。筆者の上司やお客さんの中にも、非常に厳しい人が多くいた。その人と仕事をするときには自然と緊張感もあったし、変なところでミスをしたら叱られた。一方で、「なんでもいいよ~」という人と仕事をするときには、手を抜くわけではないにせよ、「これくらいにしておこう」という気持ちにもなった。対象がものであれ、仕事であれ、仕事をする人だけでなく、それを享受する人のこだわりもまた重要であろう。

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