「若返り」ベンチャー、30億ドル集める

 アメリカではNIHが、糖尿病薬として知られるメトホルミンのアンチエイジング(抗老化)効果を検討する治験を行っている。糖尿病の薬として世界中で多くの人に使われてきたメトホルミンなら、副作用などのリスクが少ないのではないかと期待されている。しかも大量生産されていて低コストで供給できるため、抗老化薬としての期待は大きい。化合物ではほかにも免疫抑制剤であるラパマイシンの長寿効果が、マウスレベルで明らかにされている。

「今アメリカでは、アンチエイジング研究が活発に行われています。なかでも大きな注目を集めたのが、2021年に立ち上げられ山中伸弥教授もアドバイザーとして参画しているベンチャー企業、Altos Labs(アルトスラボ)です。なぜ注目を集めたのかといえば、その出資金が実に30億ドル(約4500億円)と途方もない額だったからです。資金提供者には、Amazon創業者のジェフ・ベゾスも含まれています」

アマゾン創業者のジェフ・ベゾス氏もアンチエイジングのベンチャーに出資している(写真:ロイター/アフロ)

 日本では、医療分野の研究開発の中核的役割を担うとして国が設立した日本医療研究開発機構(AMED)関連の事業全体に設定された予算が2022年度は総額で約3300億円だから、Altos Labsへの出資金のケタ違いぶりがわかるだろう。

 巨額の資金でAltos Labsが目指すのは、アンチエイジングより一歩先に踏み込んだ領域であるRejuvenation(リジュビネーション)、すなわち若返りである。具体的には細胞の初期化を誘導する4つの遺伝子、通称「山中ファクター」を使って、老化した細胞を初期化して若返らせる。

 ほかにもサウジアラビア王室が10億ドル(約1500億円)で立ち上げたHevolution Foundation(ヘボリューション財団)では、メトホルミンの研究に資金を投入している。2023年3月には、ChatGPTを作ったOpenAIのサム・アルトマン最高経営責任者(CEO)が、長寿研究のスタートアップに個人で1億8000万ドル(約270億円)投資したと報じられた。

 老化研究はもはや単に老化を防ぐ段階から、その次のステップへと進みつつある。例えば年老いたマウスと若いマウスを結合し血液を交換するパラバイオーシスにより、老齢マウスが若返ったとの実験結果が報告されている。あるいは日本でも2021年に順天堂大学の南野徹教授が、老化細胞除去ワクチンの開発に成功した。

「アンチエイジングから今では、老化を治療するリジュビネーションに注目が集まっています。すでに高齢に差し掛かっているアラブのお金持ちが巨額の投資をためらわない理由は、なんとかして若返りたいとの切実な望みがあるからでしょう。一方でさまざまな研究によって明らかになりつつあるのが、老化のメカニズムです」