「休むこと=なまけること」だと思い込んで罪悪感を抱き、かつては「疲労大国」と呼ばれた日本。その悪癖は現代でも依然として残っている。私たちは、なぜいつも疲れているのか。そんな疑問に、20年にわたり「休み方」を研究してきた「休養学」の専門家が、2回に分けて答える。後編は疲労の正体に迫る。

(*)本稿は『休養学: あなたを疲れから救う』(片野秀樹著、東洋経済新報社)の一部を抜粋・再編集したものです。

>>前編:休養学】「疲れがとれない」ときに、絶対にしてはいけない休み方とは?これでダルさから解放される!

 そもそも、疲労とは何でしょうか?

 私の所属する日本疲労学会では、疲労を次のように定義しています。

「過度の肉体的および精神的活動、または疾病によって生じた独特の不快感と休養の願望を伴う身体の活動能力の減退した状態である」

 少々難しいですが、よく考えると当たり前のことをいっているとおわかりいただけると思います。肉体的、あるいは精神的な活動をすると、それにともない活動能力は低下します。たとえば100mを走った直後、すぐに同じ距離を同じ速さで走ることはできないでしょう。つまり活動することで能力が低下したわけです。

本来の活動能力が下がった状態

 疲労は精神的な活動でも起こります。じっとして動かずにいても、頭をフル回転させれば、体も疲れるのです。

 クレペリンテストというテストを受けたことがあるでしょうか。これは単純な一桁の足し算を30分間くらい続けることで、計算能力や集中力、注意力などを試すテストです。企業の人材採用や配属を決めたりするときの参考に使われるものですが、心理学の実験でも精神的な負荷をかけるために使われることがあります。

片野 秀樹(かたの・ひでき) 博士(医学)、一般社団法人日本リカバリー協会代表理事、株式会社ベネクス執行役員
東海大学大学院医学研究科、東海大学健康科学部研究員、日本体育大学体育学部研究員、特定国立研究開発法人理化学研究所客員研究員を経て、現在は一般社団法人博慈会郎老人病研究所客員研究員、一般社団法人日本未病総合研究所未病公認講師(休養学)も務める。日本リカバリー協会では、休養に関する社会の不理解解決やリテラシー向上を目指して啓発活動に取り組んでいる。編著書に『休養学基礎:疲労を防ぐ!健康指導に活かす(共編著、メディカ出版』)。

 筆記テストを受けるだけですから、肉体的には計算のために鉛筆を動かす程度の軽い活動であるにもかかわらず、終わるとぐったりします。

 あるいは緊張する面接のあと、「体にずっと力が入っていた」と気づくこともあります。このように、精神的な活動は、肉体的な疲労に結びつくものなのです。

 まとめると、体を動かしたり、頭を使ったりすることで、本来の活動能力が下がった状態、これが疲労の正体です。