黒人男性は投獄、黒人女性は強制退去
セキュリティチェックを終えたシェリーナは、400号室に向かった。そこは、ミルウォーキー郡簡易裁判所でもっとも多忙をきわめる法廷だ。大理石の床を歩くと、足音が丸天井に響く。法廷は人であふれていた。長い木のベンチに男女がぎゅう詰めで座っているうえ、壁際にも大勢立っていて、人々の体温で室内が暖かかった。シェリーナはそのなかから顔見知りの家主を見つけ、手を振った。
ミルウォーキーの黒人の最貧困世帯が暮らす地域では、強制退去が日常茶飯事だ―― とくに女性にとっては。黒人が暮らす地域の女性借家人はミルウォーキーの人口の9%だが、強制退去させられた借家人の30%は黒人女性だ。毎年、黒人の最貧困世帯が住む地域では、女性借家人17人につきひとりが強制退去させられている。
これは同地域の男性借家人の2倍にあたり、市で白人の最貧困世帯が暮らす地域の女性借家人と比べると9倍にもなる。貧しい黒人が暮らす地域において、男性に投獄がつきものだとすれば、女性には強制退去がつきものだ。貧しい黒人男性は閉じこめられ、貧しい黒人女性は締めだされているわけだ。
「シェリーナ」と、だれかが小声で呼ぶ声が聞こえた。あたりを見回すと、なんとアーリーンが400号室のドアから顔をのぞかせていた。シェリーナは、赤いパーカーのフードで半分顔を隠しているアーリーンのほうに近づいて言った。
「きたのね。とにかく、あなたには出ていってもらうか滞納分を払ってもらうかのどっちかしかないの。わかるでしょ……あたしのところにも請求書が山ほどくるんだから。あなたに見せようと思ってもってきたけど、見たら目ん玉が飛びでるわよ」
シェリーナはファイルをとりだすと、市が請求してきた税金などの書類をアーリーンに渡した。ほかにも流水雨水管理料や下水代、窓やドアに板を打ちつけた費用などの請求書があり、総額は1万1465ドル67セントだった。アーリーンは気呆(あっけ)にとられた。自分の年収よりも高い。
シェリーナが首をかしげて尋ねた。「あたしがどんな目にあってるか、わかるでしょ……。
たしかに、これまであったことが全部あなたのせいってわけじゃないかもしれない」。彼女は請求書を人差し指と親指でつまみ、ひらひらと揺らした。「でも、そのしわ寄せはこっちにくるのよ」