年に1度は子どもと引っ越し

 いっぽう、アーリーンにとっても、強制退去の法廷は今回が初めてではなかった。初回は16年前、22歳のときだった。18歳以降、もう20回は家を借りてきた。年に1度は子どもたちと引っ越しをしている計算になる。強制退去させられれば、年に複数回だ。

 だが、家主たちには偽名を使ってきたから、アーリーンの強制退去の記録を見ると、その回数はずっと少ない。疲れきっている裁判所の書記官は、大半の家主と同様、わざわざ手を止めて身分証明書を求めることなどしない。

 ミルウォーキー市はその昔、クリスマスのころには強制退去を中断していた。ところが1991年、ある家主が米国自由人権協会に対して、この慣習は宗教上の祝祭に配慮していて不公平だと主張したため、クリスマスにも変わらず強制退去が実施されるようになってしまった。

 昔ながらの家主のなかには、いまでも親切心からか、あるいは習慣からか、もしくはこの慣習が廃止されたのを知らないからか、この時期は強制退去を申し立てない人もいる。だが、シェリーナは違った。

 審理が次々と進み、弁護士たちはとっくに法廷から姿を消していた(弁護士がつく審理は最初におこなわれる)。あとに残っているのは裁判所の職員と呼びだし係だけで、彼女たちは一時間ほど前から、もうあくびを隠そうともしていない。

 2時間待っていたシェリーナがようやく通路に出てきて、アーリーンが顔を上げると、法廷に続くドアをあけたまま言った。

「順番がきたわよ」

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家を失う人々』(海と月社)

【目次】

プロローグ 凍える街

I 入居
1章 町を所有する商売
2章 大家の悩み
3章 湯の出るシャワー
4章 みごとな回収
5章 一三番ストリート
6章 ネズミの穴
7章 禁断症状
8章 四〇〇号室のクリスマス

II 退去
9章 どうぞご用命を
10章 雑用にむらがるジャンキー
11章 スラムはおいしい
12章 〝その場かぎり〟のつながり
13章 「E―24」で
14章 がまん強い人たち
15章 迷惑行為
16章 雪の上に積もる灰

III それから
17章 これがアメリカよ
18章 フードスタンプでロブスターを
19章 小さきもの
20章 だれもノースサイドには住みたがらない
21章 頭の大きな赤ん坊
22章 ママがお仕置きを受けることになったら
23章 セレニティ・クラブ
24章 なにをやってもダメ

エピローグ 家があるからこそ、人は
執筆の裏話