(写真:CavanImages/イメージマート)
  • 社会学者マシュー・デスモンドが、家賃を払えず追い出される借家人と家主の攻防を記録したノンフィクション『家を失う人々』(海と月社)は、ピューリッツァー賞など13の賞を受賞した話題の書だ。
  • デスモンドは米国の最貧地域で1年あまり生活し、借家人と家主の双方を徹底的に観察。両者の悲劇や苦悩を克明に描き出している。
  • 本書から、借家人を強制退去させようと決めた白人の家主シェリーナと黒人シングルマザーの借家人アーリーンの物語を2回に分けて一部を抜粋・紹介する。前編はシェリーナの決断の背景と苦悩。(JBpress)

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 アーリーンを強制退去させる──シェリーナはそう決心した。葬儀に参列するために借金したアーリーンはその後、ケースワーカーとの面談をすっぽかしたせいで公的扶助の支給額を減らされ、いまでは870ドル(約13万円)もの家賃を滞納していた。だから、そろそろ見切りをつけて次の借家人をさがす頃合いだと判断したのだ。

 その月の初旬、強制退去の申請書類を提出すると、12月23日に審理をするという書類が送られてきた。クリスマス前におこなわれる、年内最後の強制退去の審理と思われた。おそらく裁判所は混みあっているだろう。クリスマスの朝、プレゼントを用意できないまま子どもたちの顔を見るよりは、家主にいちかばちかの賭けを挑むほうがましだと考える親が多いから。

家を失う人々』(海と月社)

 実際、次に入居する予定の新たな借家人からは、クリスマスプレゼントを買ってやりたいから家賃を少し返してほしいと泣きつかれていた。でも、シェリーナはこう言ってやった。「クリスマスツリーを飾って、その下にプレゼントを置きたいなら、まずはわが家が必要でしょ……それに、クリスマスがくるのは11カ月前からわかってたはずよ」