- 社会学者マシュー・デスモンドが、家賃を払えず追い出される借家人と家主の攻防を記録したノンフィクション『家を失う人々』(海と月社)は、ピューリッツァー賞など13の賞を受賞した話題の書だ。
- デスモンドは米国の最貧地域で1年あまり生活を共にし、借家人と家主の双方を徹底的に観察。両者の悲劇や苦悩を克明に描き出している。
- 本書から、借家人を強制退去させることを決めた白人の家主シェリーナと、黒人シングルマザーの借家人アーリーンの物語を2回に分けて一部抜粋・紹介する。後編は、調停人を介した裁判所での強制退去審理で、怒る家主に対して意地を張る借家人。どんな結末が待ち受けているのか…
【関連記事】
ピューリッツァー賞『家を失う人々』が描く米国の最貧困層(前編)、黒人シングルマザーに強制退去を迫る家主の苦悩
ようやく自分の番がくると、アーリーンは調停人のテーブルにいるシェリーナの真横に座った。2人は古くからの友人か姉妹のように、しばらく視線をかわした。アーリーンはすがるような目をしたが、シェリーナはまだ5000ドルの請求を却下されたのを怒っていた。
調停人がアーリーンのファイルから視線を上げずに口をひらいた。「家主は、家賃の滞納を理由にあなたを強制退去させたいと考えています。あなたは家賃を滞納していますか?」
「はい」。アーリーンが答えた。
その返事と同時に、彼女はこの裁判で負けた。
調停人がシェリーナのほうを見やって尋ねた。「和解する気はありませんか?」
「ありません」と、シェリーナは答えた。「とにかく、あまりにも滞納額が大きいからです。あたしだって、妹さんが亡くなったと言われたときには大目に見たんです。その月は、家賃を受けとってません。合計870ドル(約13万円)、彼女には未払いがあるんです」
「わかりました」と、ここで調停人が口をはさみ、アーリーンを見た。
「というわけで、あなたに出ていってほしいそうです」
「わかりました」
「ご自宅には小さなお子さんがおいでですか?」
「はい」
「何人?」
「2人」