候補作選定時に最多の推薦票を集めた「天神町place」

「天神町place」は、東京・湯島天神の参道沿いにある。地下1階地上8階、計35戸の賃貸集合住宅だ。周りは高層の建物に囲まれ、道路面は狭い。特に南隣には高さ約45mのマンションが建ち、ほとんど日差しが期待できない。

「天神町place」の道路側外観。くるりと巻かれた建物の両端が現れる。その隙間から中庭に入る(写真:宮沢洋)「天神町place」の道路側外観。くるりと巻かれた建物の両端が現れる。その隙間から中庭に入る(写真:宮沢洋)

「そこで、ビルの隙間と中庭から光と風を採り入れようと考えて、たどりついたのがこの形」と伊藤博之建築設計事務所代表の伊藤博之氏は説明する。幅4.5mほどの薄い建物を、敷地の形に添って馬蹄形に膨らむように配置した。

「天神町place」の中庭から上空を見上げたところ。建物の形がよく分かる(写真:歌津亮悟)「天神町place」の中庭から上空を見上げたところ。建物の形がよく分かる(写真:歌津亮悟)

 中庭を囲む壁の高さは約30mに達する。上空から光を入れるだけでは、下の方が暗がりになってしまう。人が佇みたくなるような場所にするため、伊藤氏は3つの工夫を施した。

 1つは、壁の途中にいくつもの横穴を空け、様々な方向から光と風が入るようにしたこと。これらの横穴は、住人にとっては玄関ポーチやバルコニーとして機能する。

 2つ目は、集合住宅にありがちな外廊下を減らすこと。なるべく中庭に影を落とさないようにした。

 そして3つ目は、かすかな光も感じ取れるよう、壁に凹凸をつけること。凹凸があると陰影が生まれ、光の反射が分かりやすくなる。「ただし、これだけ大きな壁面に効果を生むには、凹凸も大きくなければならない。かといって、ふつうに凹凸をつくればコストがかさむ」と伊藤氏。

上階から中庭を見る。ところどころにある「横穴」から建物の向こう側の景色が垣間見える(写真:宮沢洋)上階から中庭を見る。ところどころにある「横穴」から建物の向こう側の景色が垣間見える(写真:宮沢洋)

 この壁の凹凸は、病気で建材に使えなくなった杉の丸太でできている。具体的には、コンクリートの型枠に丸太のスライスを間を空けて貼り、その凹凸と木目を転写しているのだ。丸太は千葉県山武市の「木の駅プロジェクト」で調達し、一般的な流通材を使った型枠よりも安くつくることができたという。自然素材ならではの豊かな表情が、独自の空間を完成に導いた。