父性機能を衰弱させた「ほめる育児」

榎本:こういった想像ができない原因は、父性機能の衰弱です。ではなぜ父性が衰退しているのかというと、それこそが今話題の「ほめる育児」に関係しています。

 ほめる育児はもともと欧米で行われていた育児法で、それを日本が模倣して取り入れてきました。でも、表面的に欧米の真似をしてほめているうちに、大切な父性機能が欠落してきてしまったのです。

 実は、欧米社会はめちゃくちゃ父性機能の強い、極めて厳しい社会です。親子関係で言えば、生まれた時から親と子が切り離されています。欧米人にとっての子どもは、夫婦中心の生活の中でたまたま生まれた別世界の存在なのです。

 赤ちゃんの頃から一人部屋で寝かせられ、幼稚園児でも親と一緒にお風呂に入れば同性異性にかかわらず幼児虐待だと通報されかねない。そして、子どもはある程度の年齢になれば、自立して家を出ていくのが当たり前。

 それくらい個と個が切り離されている欧米の環境の中においては、親は自分の子どもであっても別の個体と認識し、他人として言葉をかける。言葉が親子関係の橋渡しなのです。「自慢の子どもだ」「尊敬する親だ」とお互いに言い合うことで、彼らは言葉を介してつながっている。

 ひるがえって、日本人はどうでしょうか。かつて日本の文化においては、子どもをほめることはほとんどありませんでした。子どもが何かを上手にやっても、天狗になってはいけないと厳しい言葉でクギを刺していた。でも、子どものいないところではとても喜んでいる、そんな育て方でした。

 なぜこのような姿勢を取っていたかというと、日本は欧米とは逆で、もともと親子の絆が非常に強いからだと思います。赤ちゃんの頃から添い寝をし、かいがいしく世話をする。言葉がなくても、強い情で結ばれていたのです。そんな環境で、言葉までやたらとほめ続けたらどうなるのでしょうか。

 一つ、親と子の距離がゼロになってしまうことで、べったりとくっついて自立できなくなってしまう懸念があります。そして、もう一つ心配すべきは、子どもの衝動コントロールがうまくできなくなるかもしれない点です。

 社会に出たら自分の思い通りにはならず、価値観の違ういろいろな人と協調して集団生活を送る必要があります。自分の意見が通らないからと暴れていては、社会でうまくやっていくことなどできません。

 そうならないために、厳しく教えたり忍耐強く諭したり、あるいは自分がロールモデルとなって態度で示す必要がでてくるわけです。それをやらずにただ可愛がっているだけでは、社会になじめないワガママな大人になってしまうかもしれません。

 ここ最近、小学生の暴力事件が急増しています。かつては思春期に入って荒れる中学生などといわれていたものが、今では中学生よりはるかに多くの暴力問題を小学生が起こしている。自我の目覚めで親に反抗するのではなく、もっと手前の社会性が身についていない子どもたちが自分の気持ちをコントロールできなくて暴れているのです。

 この現状は、親たちも知っておく必要があると思います。