「山中ファクター」で「若返り」可能?

 必要に応じて正しいレシピを参照すれば、細胞は正しく健やかな状態を維持できる。間違ったところに貼られた付箋紙を、元通りにする方法の一つとして明らかになっているのが、山中ファクターの利用だ。デビッド・A・シンクレア教授らは、山中ファクターを使ってマウスの視神経細胞を再プログラム化し、緑内障の治療を実証してみせた。

 早野氏らも『Cell』に論文を投稿した際にレビュアーから「論文の内容が正しいのなら、老化したマウスを若返らせてみろ」といわれて、実際に取り組んだ結果、エピゲノムに改善傾向がみられたという。

山中伸弥教授が発見した、細胞を初期化する4つの遺伝子「山中ファクター」を使えば「若返り」も可能になるかもしれない(写真:つのだよしお/アフロ)

「このように老化については、さまざまな事実が明らかになりつつあります。メトホルミンやNMNを投与すれば、ヒトの老化を遅らせる可能性が高まっていて、山中ファクターを使えば、若返りも不可能ではなくなるかもしれません。私は山中ファクターではなく、特定の化合物を使う若返り法を探索していて、すでに候補となる化合物をいくつも見つけています」

 老化を防げるだけでなく、さらには若返りも可能となる。であるなら、その先に開けているのは、これまでとはまったく違う世界、すなわちそもそも老化などせずに生きていける世界ではないのか。望めば20代の身体状況を維持したままで、歳を重ねていけるようになる可能性もある。

「おそらく人生250年という世界が、そう遠くない未来、おそらく20年ぐらい先には実現すると考えています。残念ながら私はすでに41歳ですが、もしかすると60歳ぐらいのままで、もしくは若返りを繰り返しながら200年ぐらい生きられるかもしれない」

「または、身体機能を若く保つ技術ができれば宇宙などの過酷な環境で、長期間生活し、別の星までいく時代が来るかもしれない。老化を制御するというアイデアはとんでもない夢のような話、だけれども、これまでに世界を変えてきたイノベーションを思い出してもらえれば、あながち夢物語ではないと理解してもらえるのではないでしょうか」

 早野氏も老化研究に取り組むためのベンチャー(One Genomics.Inc)を、すでにアメリカで起業済みで、早ければ10年後には世界を変える自信があるという。その視線の先には、どのような未来像が見えているのだろうか。