エピゲノムという「老化の正体」

「エピゲノムとは、遺伝子そのものではなく、遺伝子発現の仕方が変化した結果として起こる現象です。たとえばDNA全体を約32億の文字で書かれた料理本とします。この本には、2万2000ぐらいの料理のレシピ、つまり特定のタンパク質の作り方が書き込まれています。ただし、この料理本には一点、とてもやっかいなところがあります。仮にカレーを作りたいと考えても、そのレシピが1カ所にまとめられていないのです。“カレー”と書かれた付箋紙が、あちこちに貼られていて、それらすべてを正確に参照しないと正しいカレーは作れません」

 だとすれば、仮に付箋紙が外れてしまったり、なにかの拍子に別のページに貼り付けられたりすると何が起こるのか。それがエピゲノム、つまり遺伝子の発現の仕方が本来とは変わってしまい、何らかのトラブルを引き起こす現象だ。その結果、細胞レベルでみれば本来あるべき姿が再生されなくなる。これが老化の正体だ。

「注意したいのが、エピゲノムはあくまでも付箋紙の貼り間違いである点です。だから正しい位置に付箋紙を戻せば、料理も正しく作られます。これに対して元々の料理本の文章そのものが書き換えられたり、必要なページが抜け落ちたりすると、これは本質的なトラブルとなります。つまり遺伝子変異の結果として引き起こされる疾患、例えばがんやアルツハイマー病を発症するのです。このような疾患と老化は根本的に異なる、だから元に戻せるのです」

 早野氏は2013年からデビッド・A・シンクレア教授らとエピゲノムに関する共同研究に取り組んできた。その成果が2023年1月にトップジャーナル『Cell』誌に掲載された。

出所:Yang JH*, Hayano M* et al., Cell 2023 (*equal contribution)
doi: 10.1016/j.cell.2022.12.027.出所:Yang JH*, Hayano M* et al., Cell 2023 (*equal contribution)
doi: 10.1016/j.cell.2022.12.027. より
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