権力者は弱者によるハッキングを阻止しやすい

 ここから一般論が導き出される。ハッキングに成功するには、特殊な専門知識が必要になることが多い。そうでなければ、同じ専門知識をもつ人を雇えるだけの資金か、専門知識をもつ人がハッキングできるようにシステムの形を変えられる資金が必要だ。いずれの場合も、権力をもつ裕福な人や組織のほうが有利であり、大規模にハッキングをしかけて定着させる態勢を整えやすい。

 ここには、社会的な力関係もはたらいている。主流を外れ軽視されている層や、力の弱い階級、人種、性別に属する人々はハッキングを実行しにくく、仮に実行したとしても逃れにくい。犯罪を犯すかもしれないが、それは同じことではない。女性は柔順に規則に従うよう教育され、白人男性は可能なら規則を破るよう教わって育つ。ハッキングと権力について考えるとき、これは考えなければならない重要な点だ。

 権力者は、弱者によるハッキングを阻止しやすい立場でもある。順法闘争などの労働運動戦術は、今日あまり一般的ではなくなったが、その背景には権力者が労働組合の力を徐々に削ぎ取ってきたという経緯もある。

 経営者全般が、労働組合の組織化に難色を示し、労働組合に反対する法律や判決を支持するようになっている。そのあおりで、多くの従業員が不当に解雇されるおそれもある。順法闘争を展開するには、労働組合に所属しているか、不当解雇から保護されていなければならないので、順法闘争のような戦術は時代とともに廃れていったのである。

弱者のハッキングは権力者により違法とされてしまう

 ジョージタウン大学のジュリー・コーエン法学教授が、「権力者は規制を害とみなし、それを回避する」と書いている。言わんとしているのは、権力者は規則を迂回できる資金力をもっているということだ。ひとたびシステムを、つまりは、望んだとおりにふるまうのを妨げられる規制プロセスをハッキングしなければならないと理解すると、権力者はそのための適性を伸ばしてきた。銀行業でも金融市場でも、そして高級不動産でも見られたことだ。

 力を持たない弱者、つまり低所得者や障害者、独裁的な国における政治上の反対派などの手によるハッキングが成り立ちにくい理由は、まさにここにある。ハッキングは違法と判定され、ハックは不正になる。

 かつて低所得者が利用した税制の抜け穴は、日本の国税庁にあたる内国歳入庁(IRS)によってふさがれている。座り込み(シットイン)や怠業(サボタージュ)といったストライキ戦術は、1930年代に一般的だったが、今では連邦法で保証されていない。ハックともみなされなくなっている。だからといって、弱者はハッキングが不得手だという意味ではない。ただ、常態化までもっていけるほどハックが効力を発揮しないのである。

 システムを調べるときには、その利益を誰が受けるか、誰が受けないかに注目するといい。なんらかの形で不利益を被る人々が、そのシステムをハッキングする。それは権力者と弱者の双方だ。そして、どちらもハッキングによって制約を逃れようとするものの、実行に長けているのは、そして狙いどおり制約を免れるのは、権力者のほうなのである。