(歴史ライター:西股 総生)
【前編から読む】
「納得がいかない」「誤審ではないか」紛糾する事態は数知れず…なぜサッカーのVARだけが問題となるのか?
オフサイドの対象となるのは「プレーに関与した選手」
(前編から続く) なぜサッカーのVARだけが、これほど問題となるのか? 現時点で、サッカーのVARによるチェックの対象とされている事象は次の4つである。
①得点が認められるかどうか
②PKの対象となるプレーの有無
③レッドカード(一発退場)の対象となるプレーの有無
④カード提示の人の間違い
すべてのプレーが対象となるわけではない。すべてのプレーをチェックするためには多数のカメラが必要だし、画面をチェックするための人手もいる。VARレフェリーはフィールド上の主審と同等の技量・経験を持っていないと、オフサイドやファウルの判定ができないからだ。
このように書いてくると、ファウルはともかく、オフサイドの判定は機械的に、ないしはVAR技術者のような素人でもできるのではないか、と思う人が出てくるだろう。けれども、テレビ中継でやっているように、画面上にオフサイドラインを引いて、どの選手がラインから出ているかを機械的に判断すればよい、というほど問題は単純ではない。
なぜならルール上、オフサイドの対象となるのは「プレーに関与した選手」だからだ。たとえば、シュートを撃った選手Aがオフサイドでなくても、反対サイドからゴールに迫っていた別の選手Bがオフサイドラインを越えていた場合、守備側の選手やゴールキーパーが、Bの選手にも対応せざるをえない状況なら、Bの選手は「プレーに関与した」と見なされてオフサイドの判定を受ける。したがって、A選手のシュートがゴールに入っても得点は無効になる。
上記①の場合、つまりゴールに直接関わるプレーの中でオフサイドかあったかどうか、という判定は、実際にはかなり微妙な場合もあるのだ。
実は、このルール適用の中に「VARの何が問題なのか」というテーマの本質が隠されている。ラインを1本引いて、そこから出ているか出ていないかなら、機械的に判断できる。しかし、実際には「プレーに関与した」と見なされるかどうかが、問題となるである。
ハンドの場合も同様だ。ボールが手や腕に触れたかどうかは、映像で機械的に確認できる。しかし、手や腕に触れた場合はすべからくハンドの反則となるわけではない。ハンドを取られるのは、手や腕によって身体の面積が不自然に広げられた場合である。
したがって、後ろ手に組んだ腕や、体側に密着させた状態の腕にボールが当たっても、ハンドにはならない。ゴール前の混戦で、複数の選手に当たって不規則にはねたボールが予想外の方向から飛んできて腕に当たった場合も、ハンドは取られない。予測不能・回避不能なら反則にはならないのだ。
ファウルの場合は、さらに厄介だ。どのような態勢で、どの程度強く当たればファウルになるのか、イエローカードになるのか、レッドカードになるのか。こうした判定は、そもそも機械的に白黒がつけられる事象ではない。
したがって実際は、ピッチ上の審判はゲームの流れや選手同士の言動を見ながら、コントロールしてゆくことになる。同じピッチ上で選手の息づかいを感じている人間だからこそ、審判はジャッジを下せるのである。
もう一つ指摘しておくと、サッカーは得点競技であって採点競技ではない。採点競技であれば、選手の体が空中で何回まわったか、何回ひねったかは映像で客観的に確認できる。画像の解析技術を上げてゆけば、より判定の精度も上がるだろう。
サッカーの場合、ファウルの判定とともかくとして、オフサイドなら画像判定の技術的精度を上げてゆけば、より正確に判定できるようにも思える。けれども、高精細映像を確認したら、オフサイドラインから指先が1センチ出ていました、とか、髪の毛が3本、オフサイドラインから1センチ出ていました、という判定に、あなたは納得できるだろうか。
風ではためいたユニフォームの裾が1センチ、ならどうか。それは選手の体ではないからオフサイドに当たらない、としよう。では、シューズのかかとが5ミリ出ていた場合は、どうか。その5ミリの中に選手の足は入っていたのか。
いくらオフサイドルールの適用細則を厳密に定めても、こうした問題は次々と湧き出してくる。いやむしろ、機械的な判定精度を上げようとすればするほど、ルールの適用細則を厳密化すればするほど、問題はかえって泥沼化しかねない。(つづく)