歌舞伎役者の才能に影響を与えているもの
──例えば、歌舞伎俳優のご家庭に生まれた方は、当たり前のように歌舞伎俳優になることが求められると思います。でも、彼らのすべてが歌舞伎の才能に恵まれているとは限らない。そういった不幸な事例も十分にありうるということでしょうか。
安藤:歌舞俳優のご家庭に生まれた子どもの全てが、実際に歌舞伎俳優になっているかはわかりません。
香川照之(歌舞伎俳優としては九代目市川中車)さんのように、歌舞伎俳優のお家に生まれたものの、俳優として成功し、40代半ばから歌舞伎俳優になった珍しい事例もあります。
また、二代目中村獅童さんのお父様は、歌舞伎俳優のご家庭に生まれたものの、10代前半で歌舞伎役者を廃業され、銀行員や映画プロデューサーなどとして働いていらっしゃいました。
一方、六代目片岡愛之助さんは歌舞伎とは無縁のご家庭で生まれました。子役として芸能界で活躍し、歌舞伎の舞台にも立つようになりました。そして11歳の頃、その才能の高さにほれ込んだ二代目片岡秀太郎さんの養子になりました。
実際に歌舞伎俳優の方のデータをとったことがないので、ここからはあくまでも私の推測です。
歌舞伎の世界は非常に特殊な世界です。特殊な生活様式の中で、幼いころから芸事を日常的に叩き込まれる。長い時間をかけて、技巧を身体にしみこませていくのです。
子どもがプレッシャーにさらされ、その環境から逃れることができなければ、嫌々であっても型や技術を覚えていくものです。しかも、そもそも歌舞伎をやっている人は一般社会にはほとんどいない。結果、全く未経験の一般人と比較すると「才能がある」ように見える。
伝統芸能のような特殊な世界では、遺伝を超えて共有環境が強く作用し、芸能の能力が伝わっていっているのではないかと私は考えています。プロのスポーツや他の特殊な職業にも同じようなことがあるかもしれません。
これは非常に特殊な例です。多くの場合、ここまで特殊な共有環境を作り出すことはできません。やはり能力や才能には、遺伝や非共有環境が入ってきます。自分が向いている能力を開花させる方向に、多くの人は進んでいき、向いていないことからは自然と距離を置くようになるのだと思います。
そうやって、ヒトは自身の個性と能力、すなわち才能を発揮していくのです。