まねき書き歌舞伎役者の世界は遺伝を超えて共有環境が強く作用する特殊な世界だという(写真:共同通信社)

 若い頃にもっと勉強していれば、もっといい人生を送れたかもしれない──。多くの大人は、そんな若かりし日の自身を叱責し、現実の自分の人生を受け入れて生きている。でも、若い頃のあなたは、もっと勉強することが「できた」のだろうか。仮にできたとして、それは実を結んでいたのだろうか。

 継続的な努力をできるか否か、すなわち、勤勉な性格か否かは、少なからず遺伝の影響を受けている。そう語るのは、慶応大学文学部名誉教授で行動遺伝学者の安藤寿康氏。若い頃のあなたが勉強をしなかった、努力ができなかったのは、ある程度あなたの遺伝子の影響を反映した結果だというのだ。

 まさに、「努力は才能」である。

 才能とは何か、どうすれば才能を開花させることができるのか、そして才能に遺伝は関係しているのか。「能力はどのように遺伝するのか 『生まれつき』と『努力』のあいだ」を上梓した安藤氏に話を聞いた。(聞き手:関瑶子、ライター・ビデオクリエイター)

──安藤先生がご専門とされている「行動遺伝学」とは、どのような研究をする学術分野なのでしょうか。

安藤寿康氏(以下、安藤):読んで字のごとく、行動に及ぼす遺伝の影響を研究しています。

 困ったことに、行動遺伝学は何かとタブー視されがちです。

 行動遺伝学の基礎を創ったフランシス・ゴールトンは、人間の才能がどのように遺伝していくのかについて、強い興味を抱いていました。生物統計学の祖でもあったゴールトンは、同じ家系に同じような才能をもった人間が生まれやすいことを統計学的に明らかにしました。これが、19世紀後半のことです。

 優秀な形質を持つ人間は遺伝によって生み出される。同様に、何らかの欠陥のある形質を持つ人間も遺伝によって生み出される。したがって、そのような人間は断種してしまえばいい。そうすれば社会はより良いものとなる。優生学とは、そのような考え方です。

 行動遺伝学は、優生学の末裔として位置づけられています。そのため、いまだに「ヤバい学問」だと思われてしまう。

──行動遺伝学の詳細のお話を伺う前に、「非共有環境」「共有環境」という言葉の定義について、ご説明をお願いいたします。

安藤:共有環境とは、家庭内で共有している環境などのことです。共有環境は、結果的にそれを共有している人の行動に同様の影響を及ぼし、きょうだいや家族を類似させます。

 長い間、私は双生児の研究をしてきましたが、双生児の場合、一卵性でも二卵性でも共有環境はほぼ一緒であると考えていいでしょう。

 非共有環境は、家族であっても共有せず、その結果、家族を類似しなくさせる環境や経験の影響のことです。一卵性双生児の場合でも、学校で異なるクラスに在籍する、一方が病気で入院して病院で何かを経験するなど多種多様な非共有環境を有しています。

 非共有環境は膨大にあると考えられ、その一つひとつが個人差に及ぼす影響は微々たるものです。ほとんどの環境は偶然の産物によるもので、それが現実的にどの個人差にどれだけの影響を及ぼすかという点は未知数です。

──書籍中で「能力」と「才能」という言葉を使い分けていらっしゃいました。一見すると同じような意味を持つように感じられますが、具体的にどのような違いがあるのでしょうか。