天照大神を祀る伊勢神宮皇大神宮(内宮)(写真:アフロ)

 西暦8世紀頃に書かれたと言われる古事記は日本最古の文学作品である。当時の言葉遣いで書かれているから普通には読めないが、日本を代表する文豪が読みやすい現代語版を発表した。そこには当時ならではのファンタジックな想像力と、日本特有の精神性が垣間見える。

 はたして古事記とは何なのか。『古事記ワールド案内図』(河出新書)を上梓した作家で詩人の池澤夏樹氏に聞いた。(聞き手:長野光、ビデオジャーナリスト)

──池澤さんは古事記を訳し、古事記の現代語版を2014年に発表されています。なぜ、古事記の現代語版を出そうとお考えになったのでしょうか?

池澤夏樹氏(以下、池澤):私は『池澤夏樹 個人編集 日本文学全集』(河出書房新社)というものを出しました。全30巻から成る日本文学全集です。この中には、源氏物語や竹取物語など古典文学作品もたくさん含まれています。

 古典はそのままでは多くの人は読めないから、お勉強ではなく楽しみながら読む本として、現代語訳にしようと考えました。そこで、誰に訳してもらおうかと考えた時に、読み物や文学作品として整理するためには、作家か詩人に訳してほしいと思いました。

「どの作品を誰に訳してもらおうか」という選定をして、これだという人に次々とお願いをしていきました。その過程で「池澤さんはどの作品を訳すのですか?」と聞かれ、「えっと、僕は」と少し悩んで、一番簡単な古事記を選んだ。

 複雑で訳すのが難しいのは、たとえば源氏物語(11世紀初め)でしょう。主語がなかったり、その代わり、敬語の使い方で誰が話しているか分かるように書かれていたり、たいへん凝った文体で、とても僕の手には負えそうにない。

 古事記は日本最古の書物ですから訳すのが難しいように見えますが、じつは文章が単純です。分からない単語は辞書を引けばいいし、注釈書もある。

──古事記とは、天皇が日本を統一する以前の、各地の神話や伝承を集めた物語シリーズという認識が一般的ではないかと思います。あらためて古事記とは何でしょうか?

池澤:古事記は文芸作品としては未熟です。初めて作られた文芸作品だから、どのように作ったらいいかよく分からなかったのだと思います。それでいて、内容的には欲張りすぎて、いろんな要素を盛り込んでいる。

 神話や伝説の類があり、数多くの天皇の伝記や詩歌が含まれ、さらに天皇家を中心とした(誰の子が誰であるということを記した)系図も含まれます。このように異なる要素が並んでいるので、一見すると複雑な印象を与えるのです。

──古事記は誰が書いた(まとめた)のでしょうか?