人々は現在の職場で時間を浪費しているのではないかとしばしば焦る。しかしそれは、なにもしない時期ではなく、心のなかではむしろ多くの作業が活発におこなわれており、その時間があったおかげで、いまの自分があることを、いつかわかるだろう。よりよい人生をおくるための知恵を、韓国で尊敬を集めている精神科医が解説する。(JBpress)
※本稿は『人間として最良のこと』(キム・ヘナム著、バーチ・美和訳、日経BP)より一部抜粋・再編集したものです。
(キム・ヘナム:精神分析医)
司法試験に挫折して就職した結果
大学3年生のときから司法試験の準備をしてきたK君。彼は卒業後の数年間、考試院(コシウォン)*で受験参考書に熱心に取り組みましたが、毎回不合格の苦汁を舐めました。
*訳注:考試院はおもに浪人生が勉強に集中するために滞在するベッドと机だけの宿泊施設
今回が本当に最後だ、とすべてを投げ打った試験さえも失敗に終わったある秋、だれにもわからないように、ある中堅企業に入社しました。
挫折の果てにスタートを切った社会生活でしたが、意外にも任された仕事が楽しくなり、すべての仕事で高い成果をあげました。そのため、彼と仕事をする上司は全員、彼に満足の意を表しました。
「君みたいに優秀な人に、ずっと前にわが社に来てほしかったよ。いままでいったいなにをしていたんだい?」
しかし、こうした賞賛を聞くたび、K君の心中は穏やかではありません。新入社員としては決して若くない年齢が気にかかります。
そんなとき、考試院に閉じこもっていた数年間がむだだったと感じられるのです。
「俺はかけがえのない20代を、いったいなにをして過ごしてたんだ? いっそのこと卒業して就職すればよかったのに。就職していたら、いまごろは入社何年目だろう?」
これ以上考えたくないとでもいうように、ぎゅっと目を閉じてしまうK君。
考えてみると、ガールフレンドと別れたのも試験のせいでした。彼女は就職するようにすすめてきたのに、彼は死んでも試験をあきらめられませんでした。それは間もなく別れる理由になってしまいました。
もし、あのとき就職をしていたら、彼女と結婚していたかもしれません。
6年の歳月がもたらしたもの
試験勉強をしていた6年の歳月は、K君にとって消し去りたい空白の期間に違いありません。しかし、わたしはそうは思いません。
長い受験生活を通して、彼は集中力や根気、我慢強さを学んだはずです。そして、試験に落ちても繰り返し挑戦した経験を通して、どんなことでも恐れるよりまずぶつかってみるという勇気を得ました。失敗しても起き上がることができるという確信も得たはずです。
なによりも明らかなのは、勉強をしながら手に入れた無数の知識が、彼の精神を豊かにしたことです。