K君のエピソードは、江南に大きな病院を開業して、とんとん拍子に成功しているわたしの大学時代の同期を思い起こさせます。

 彼は苦境にありながらもさまざまなアルバイトをして学費を稼ぎ、医学部をがんばって卒業し、いまは専門分野で認められた病院の院長になっています。

 ところが彼は、病院がうまくいっているのか聞かれるたびに同じことを言います。病院で勤務医をしていた時間がとてももったいなかった、もっと前に開業すべきだったと言うのです。わたしは彼にこう言いました。

「ねえ、あなたがいまになって開業したのは、準備ができていなかったからでしょ。ずっと前に開業していたら、これほど成功していなかったんじゃないかな? 勤務医をしていたときは、実力と経験を積み上げながら知名度も上げてきたんでしょ? それに、知らず知らずのうちに病院経営についても情報を集められたわけだし、心の準備もできたんだと思う。もし5年前に開業していたとしたら、銀行で大金を即座に貸してくれたかな? まだ信用もないのに? だから、時間を浪費したとかつまらないことを考えるのはやめなよ」

「時満ちて辞める時が来た」

 わたしも勤務先から独立して病院を開業した経験があります。

 8年前、わたしは国立精神病院に勤務していました。その病院では12年間勤めました。10年以上も同じ職場に勤めながら、辞めたいと言ったことが一度もないと言えば嘘になります。わたしも人間ですから、悔しいときや退屈だと感じるときは口癖のようにつぶやいていました。

「もう、このまま辞めちゃおうかな」

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 しかし、その言葉は職場に失望し、人々に失望し、自分に失望するなかで傷ついてため息のように吐き出した言葉に過ぎず、本当に辞めるという言葉ではありませんでした。

 ところがある時点から、わたしの心に訴えてくる声が、時満ちて辞める時が来た、とでもいうように切実になってきました。

 わたしはずっと変わらない生活にうんざりしていたし、医師であり公務員でもある立場のせいか、対応しなければならない行政的な業務に嫌気がさしていました。

 一方で、ある程度患者を診るのに自信がついていたし、そのころになるとほかの人たちからも認められ、多くの患者から依頼を受けていました。