満員の観客もテレビの前のファンたちも、まるで狐につままれたような状況で、事態が理解できなかったに違いない。

 レフェリーはこのプレーの直後に本部のビデオアシスタントレフェリーに確認の連絡を取るが、やはりイングランドのトライは揺るがなかった。

セルフジャッジの罠

 ラグビーでボールを前にこぼしてしまう行為はノックオンという反則になる。ただし、それは首から下の部分に当たった場合に限られる。今回のケースは二人目の選手が後ろの選手にボールを回した時にこの選手の頭に当たって前にこぼれたと判定されたのだ。これはノックオンにならない。レフェリーはこれを目撃していたから「プレーオン(プレー続行)」だと判断し、笛を吹かなかった。

 だが日本の選手たちはノックオンだと判断してプレーを中断してしまった。

 どんなスポーツでもそうだが、選手たちは指導者から「自分で判断するな。レフェリーが笛を吹くまでプレーは続けろ」と口酸っぱく指導をされている。「セルフジャッジはダメだ」という意味である。だが、日本も大半のイングランドの選手たちも一瞬動きが止った。セルフジャッジに囚われてしまったのである。

 これが勝負の分かれ目になった。せっかく1点差まで追い詰めながら無抵抗のままゴール下にトライさせてしまったのだから、日本選手たちは落胆の色を隠せなかった。明らかに覇気が落ちた。逆にこのトライで、体力的にもきつくなっていたイングランド選手たちには「この試合は勝てる」という気迫が戻ってきた。

 スポーツというのは面白いもので、気迫が漲ると予想以上の力が発揮できることが少なくない。

 気力を取り戻したイングランドは、残りの25分間、落胆する日本代表を圧倒し、一方的に攻撃を繰り返す。結局日本はこの後に点を奪うことすらできず、ノートライで12-34という大差をつけられてしまった。