御料理茅乃舎の美しい暖簾

「御料理茅乃舎」と「茅乃舎だし」で知られる久原本家。同社が本社を置く久山町は、豊かな自然環境と独自のまちづくりで知られる。「茅乃舎」が生まれた背景と根底に流れる思想、それを育んだ久山町のまちづくりの哲学を解き明かす。

(篠原 匡:編集者・ジャーナリスト、蛙企画代表)

※著者がナビゲーターを務めるテレ東ビズ「ニッポン辺境ビジネス図鑑~福岡県久山町編~」も併せてご覧ください!

 その店は、福岡・博多から車で30~40分のところにあった。

 福岡都市高速の粕屋ICを下り、田んぼの広がる田園風景を抜け、巨大な鳥居をくぐる。そのまま道幅の狭い山道を蛇行し、静かな山の中に響く小川のせせらぎに耳を傾けながら顔を上げると、小さな橋の向こうに、三角の、かわいらしいフォルムの茅葺き屋根がふたつ。

「ここはいったい!?」

 そんな不思議な気分で苔むした庭を進むと、それまでに見たことのないような大きな茅葺き屋根の建物が目の前に。屋根の高さは11.5m、幅37.5m。向こうまで続く幅の広い軒下は圧倒的で、この建物がいかにデカいかということがよくわかる。

 この日はあいにくの雨だったが、きれいに刈り揃えられた茅をつたって流れ落ちる雨しずくが、逆に茅葺き屋根の美しさを際立たせていた。

 御料理茅乃舎──。「茅乃舎(かやのや)だし」で知られる久原(くばら)本家の料理店である。

久原本家が山の中に作った御料理茅乃舎。茅葺き屋根の規模にまず驚く
かわいらしい茅葺き屋根のフォルム

 ほたるが飛び交うこの場所に、久原本家の河邉哲司社主が茅葺き屋根の料理店を建てたのは2005年のこと。イタリアで始まったスローフードの思想に衝撃を受けた河邉社主は、日本の伝統的な食文化を守り、表現するための場を作ろうと思い立つ。

 そして、若いころにほたるを眺めた小川のほとりを見初めると、大分・日田の茅葺き職人を呼び寄せ、西日本最大とも謳われる茅葺きの料理店を作り上げた。屋根を葺くのに用いた茅の総量は80トンにもなったという。

 それから18年。車でしか行けないような不便な立地にもかかわらず、御料理茅乃舎は予約で一杯の人気店になった。ここから派生して生まれた「茅乃舎」の商品も、食品や食材における全国区の高級ブランドである。

「茅乃舎」ブランドを生み出した久原本家の河邉哲司社主

 もっとも、全国的な知名度を獲得している久原本家と茅乃舎に対して、御料理茅乃舎のある場所、もっと言えば、久原本家が本社を置く町について知っている人はそれほど多くない。

 その町とは、福岡県久山町(ひさやままち)。人口160万人の巨大都市、福岡市に隣接する人口9000人ほどの自治体だ。

 篠栗町や新宮町、粕屋町など同じ福岡都市圏を構成する隣接自治体と比べて知名度は低く、久山町の存在自体を知らないという福岡県民も少なくない。コストコの存在は知っていても、コストコが久山町にあるということをどれほどの人が知っているだろうか。

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