妄想交じりの失地回復願望

 さて、ここで最も重要な点は、白眉初の作った地図「海彊南展後之中国全図」には、実は台湾は含まれていないことだ! 台湾は日清戦争で日本に割譲されて日本領であったため、1936年の時点では中国領ではないことを、白眉初ははっきり示していたのである。

 これが現代に至るまで、中国の南シナ海における領海範囲の主張の「大きなネック」になってきたことはまちがいない。

 1949年、中華人民共和国を樹立した中国共産党は、愛国教育を進めるなかで、国民政府が作った「国恥地図」をそのまま利用し、南シナ海の領有権を主張する最大の根拠として、白眉初の「海彊南展後之中国全図」を挙げてきたからだ。しかも南シナ海の海域の中央部だけ地図を拡大して、都合の悪い台湾が入らないよう、地図の右端部分をカットしたのである。

 また、1950年代、最高指導者だった毛沢東はベトナムに友好関係を示すため、国民政府が地図に引いた破線の「十一段線」のうち、ベトナムと広東省の間にひかれた二本の線を消して、「九段線」とした。これが今日まで知られる「九段線」の由来である。

 21世紀になり、今や経済大国に成長した中国は自信をつける一方、かつての「国恥」意識が強固な歴史観となって醸成され、大国となった今こそ「失地回復」を目指すべきだという強い怨念に突き動かされるようになった。「百年の大計」だとしばしば中国が口にするのは、このためである。

 今回、中国が発表した「2023年版標準地図」では、「九段線」に加えて、台湾東部に新たに一本書き足して、「十段線」とした。これで、南シナ海の領有権の根拠としてきた白眉初の地図の「最大のネック」だった台湾を領土に組み入れたことで、ようやく懸案事項が解決したと考えているにちがいない。

 さて、中国の次なる課題は、なにか。中国が「失地回復」の執念を燃やす最後のターゲット――それは、沖縄である。中国が近い将来作成する新地図には、まちがいなく沖縄が中国領に変わっているはずだ。

 その時、日本はどうするか。今から心して、対処の仕方を考えておかなければならない。