吉備津彦神社 写真/岡山県観光連盟

(歴史家:乃至政彦)

みんな知ってる桃太郎の物語

 日本人で桃太郎をしらない人はいないだろう。

 ある山の屋敷に、おじいさんとおばあさんが住んでいた。

 おじいさんは山へ鷹狩りに、おばあさんは川へ魚釣りにでかけた。

 おばあさんがタバコを吹かしていると、ドンブラコドンブラコと大きな桃が流れてきた。力持ちのおばあさんは桃を拾い上げて持ち帰り、これを真っ二つに叩き割った。

 すると中から、成人女性が胸と下腹部を隠した状態で現れた。桃のビーナス誕生である。この通称ピーチ姫は犬と猿と雉を連れて鬼退治にでかけた──などと書いたら、「アホか!」と一億二千万の日本人全員からツッコミが入るに違いない。

 冗談はここまでにしておき、なぜ桃から生まれたのか、なぜお供が犬と猿と雉なのか、いつ誰が考えた物語なのかという疑問を抱いたことのある人は多いはず。

 こうした問題に応じようとする声は多いが、史料に即した考察ですら、「深く考えすぎでは?」と思えるものが少なくなく、個人的にどれも微妙に納得しがたい。

 桃太郎の物語は、いつ生まれたのか。それさえわかれば、大体の謎は解けるはずだ。ここから一緒に「桃太郎伝」の謎に挑戦してみよう。

桃から生まれた理由

 一部の人はすでに知っている話だが、桃太郎が桃から生まれたとする設定は、江戸時代中期(19世紀前後)以前に見られない。

 それまでは「老夫婦が神仏に祈って桃から授かった(果生型)」「老夫婦が桃を食して回春して生まれた(回春型)」というパターンのみであった。

 それが桃太郎が児童向けに定着していく過程で、回春型は喪失されてしまった(山崎舞「昔話「桃太郎」の変転:『再板桃太郎昔語』の諸問題を中心に」/フェリス女学院大学国文学会『玉藻』巻52、2018)。

 果物から生まれた桃太郎と、回春した老夫婦から生まれた桃太郎がいて、後者は「これだと子どもに聞かせるのは、教育上あまりよろしくないなー」という大人の都合で消えていったわけである。

 ここまでは軽いジャブなので、続けて先に踏み込んでいこう。