明治以降、洋菓子が加わり日本のスイーツ業界は新たな発展を迎えた

 日本のスイーツの起源と発展について、前回は江戸時代までを取り上げました。明治時代以降の急速な発展について取り上げます。

明治時代~大正時代

 明治時代初期、文明開化の流れに乗って西洋文化が急速に伝わると、日本の菓子業界には新たな風が吹き出しました。

 ビスケット、チョコレート、キャラメルなどの「西洋菓子」と今までの菓子を区別する形で「和菓子」という概念がここで初めて生まれました。

 また、バターやミルクといった新たな食材やオーブンなどの調理器具が日本に入ってきたことで、国内でも西洋菓子の製造が始まりました。

 ただ、明治初期の西洋菓子は甘さが強すぎたのか当時の日本人の口にはあまり合いませんでした。

 明治時代中期になると、日本の西洋菓子製造の歴史を切り拓く人物が登場します。

 その人物とは、現在の森永製菓の創始者である森永太一郎氏です。

 彼は米国で製菓技術を習得した後、日本で森永西洋菓子製造所を創立して、日本人好みに味を整えたチョコレートやキャラメルなどの製造・販売を開始しました。

 そして、その成功に刺激される形で、明治製菓、グリコなどの現代にも続く多くの製菓会社が創立されていきます。

 大正時代になると、明治時代に比べエンゲル係数が約20%も低下するなど、人々の生活水準は上がっていきます。

 必然的に、菓子などの嗜好品に対する消費も増大していきました。

 その結果、全国では和菓子の消費量が増えただけでなく、喫茶店(カフェ)の出現に伴って、コーヒーに合うシュークリームやパイといった西洋菓子が庶民の間に広く普及していきました。