- 経済産業省は科学的に無害なことが証明されているALPS処理水の海洋放出に関して、風評被害対策として800億円の予算を計上したが、その資金で実施される補償や対策は地元漁協に対する救済が中心だ。
- 福島第一原発事故により、生活の基盤が脅かされた漁業関係者の経済基盤を復興することは必要なことだが、風評被害対策の基金を漁協にばらまくのはEBPM(根拠に基づいた政策立案)としていかがなものか。
- 科学的に無害にもかかわらず、不安を煽り、予算を組めと主張しているに等しいメディアも共犯関係にある。
(山本一郎:財団法人情報法制研究所 事務局次長・上席研究員)
処理水の海洋放出で始まった税金つかみ取り大会
これ、完全に「ゴネたやつ勝ち」の究極形だと思うんですよ。
経済産業省は今年1月、科学的に無害が証明されている多核種除去設備(ALPS)処理水の海洋放出に対して、風評被害対策として800億円の予算を計上しました。
廃炉・汚染水・処理水対策チーム事務局の取りまとめによれば、エネルギー特別会計などからALPS 処理水の海洋放出に伴う需要対策として300億円、ALPS 処理水の海洋放出に伴う影響を乗り越えるための漁業者支援事業として500億円が予算計上されています。これ、政府の予算案通りに概ね承認されました。
◎ALPS 処理水の処分に伴う施策について(「行動計画」に対応した各省庁の政府予算案等の概要)
また、こちらもそもそも論ですが、従前から政府や東京電力と福島県地元漁協(県漁連)との間では、「(福島県漁業)関係者の理解なしには(ALPS処理水の)いかなる処分もしない」という約束があります。
経済産業大臣の西村康稔さんはこれを踏襲しただけであって、西村さんが率先してカネをばらまいて地元を黙らせているという批判は筋違いだろうと思います。「態度が偉そうだから」と能力の割に評判の低い西村さん、あらぬ叩かれ方をして可哀想です。
ただ、この基金で実施される補償や対策は、その中身を見る限り、こじつけでも理由がつけば、割と何でもありです。「新たな魚種・漁場の開拓等に係る漁具等の必要経費を支援」や「省燃油活動等を通じた燃油コスト削減に向けた取組を支援」って話です。
要するに、ALPS処理水の放出にこじつけて、直接漁協を救済するための仕組みにほかなりません。漁場の開拓に500億円も予算かかるかよ、ってことですよね。福島県の漁業全体で500億円も突っ込まなければならないほど、充分な納税をしてくるような産業だったのかっていうのは問い直されるべきだと思うんです。原発事故の被害者であったのだとしても。
◎福島県漁連、国に改めて風評懸念を伝達 処理水海洋放出方針巡り(福島民友新聞社 みんゆうNet)
もちろん、福島第一原発事故により、生活の基盤が脅かされた福島県の漁業関係者の立場は被害者そのものであって、このような凄惨な事故を引き起こした政府や東京電力は真摯に反省し、再発の防止だけでなく、地元経済の復興に尽力するよう各種政策を打ち出し粛々と実行することは必要だとは思うんですよ。
ただし、現代日本のEBPM(根拠に基づいた政策立案)は一定程度貫徹されているべきであって、とりあえず不安だから過去に決まっていた基金800億円を取り崩して地元対策費としてばらまいてしまえというのは、「税金のつかみ取り」に等しい事案と見られても不思議はありません。