建設の最終コーナーに入ったと言われるサグラダ・ファミリア聖堂だが…(写真:宮沢洋、2023年7月3日撮影、以下同)

(宮沢 洋:BUNGA NET編集長、編集者、画文家)

 建築について書く仕事を30年以上していながら、バルセロナを訪れたのは初めてだ。目指すはアントニ・ガウディが設計した未完の教会、「サグラダ・ファミリア聖堂」。そして、現地に行って初めて知ったのは「2026年完成予定はイエスの塔であって、全体完成はもっと先」という衝撃の事実だった!

 日本では現在、「ガウディとサグラダ・ファミリア展」が東京・竹橋の東京国立近代美術館で開催中だ(6月13日~9月10日。展覧会リポートはこちら)。同展を見て、興味を深めている人も多いことだろう。

 筆者も、もちろん予習として展覧会を見てからバルセロナに行った。同展は各種の資料が充実した大変素晴らしい内容だが、やはり建築は、実物を見て体験するものである。知っていてもそれを上回る驚きがたくさんあるし、現地で見て初めて気づくことも多い。ここでは後者の気づき、筆者が展覧会では読み取れなかった「建設費用を集め続けるためのガウディの戦略」について、感じたことを書きたい。

ついに巨額の献金が!

 ご存じのように、設計者のアントニ・ガウディ(1852年~1926年)はすでに亡くなっている。残された模型やスケッチに基づいて建設は続いている。今のところ没後100年に当たる2026年の完成を目指すとされている。これには、コロナの影響でもっと延びるという報道もある。

グエル公園から見たサグラダ・ファミリア聖堂。バルセロナ中心部で突出して高い

 ガウディは、自分の生きている間に教会が完成しないことを自覚していた。というか、生きているうちに建てることもできたのに、実現できない規模に計画を拡大した。知っている人もいると思うが、まずは予備知識としてそのことについて書く。

 1866年に建設が立案されたサグラダ・ファミリア聖堂。正式名は「サグラダ・ファミリア贖罪聖堂」。1882年に着工した。実は、ガウディは2代目の設計者だ。1代目の設計者はガウディのアルバイト先の建築学校教授、ビリャール・イ・ロサーノだった。何らかのトラブルで初代設計者が辞めたため、着工翌年の1983年、31歳だったガウディが抜擢される。

 初代設計者の案で工事が始まっていたため、ガウディは変えられるところを変えつつ、まずは地下礼拝堂の建設を進める。これは今もサグラダ・ファミリア聖堂の地下にあり、日常的な礼拝に使われている。当初はこの上に上屋を立ち上げた程度の、どこにでもありそうな教会だった。