(歴史家:乃至政彦)
『謙信越山』で話題を集め、『謙信×信長 手取川合戦の真実』も好評の乃至政彦氏。この度、JBpressに掲載された記事のうちから人気の高かった記事を厳選、大幅に加筆・修正した書籍『戦国大変 決断を迫られた武将たち』 の発売が決定。今回は、つねに最新研究と独自の考察で解き明かす乃至氏が、近年の映像化による歴史のデフォルメ化と史実性について考察する。
デフォルメ化された戦国時代
今回のテーマは、映像作品の史実性である。
現在放送中の大河ドラマ『どうする家康』は色んな意味で面白い。
特に目を引くのはそのデフォルメぶりで、私がもっとも驚いたのは、徳川家康への援軍として三河に入った織田信長の大軍が一斉に「てんかー……ふっぶー!!」と声を上げたところであった。
おそらく硬派な歴史小説ではできない。
真面目な漫画でもできないだろう。ギャグ漫画だと笑えるが、ギャグならばそのインパクトはまだ緩い。ギリギリで歴史ゲームまでだろうか。
しかしこれはNHKの大河ドラマである。
大変な演出をするなと思った。
一応念のため言っておくと、こんな光景は史料に見ないし、伝承にも聞かない。フィクションでも前例がない。
織田信長が「天下布武」の印判を使っていることは、たしかに織田の将兵ならみんな知っていただろう。当時の戦国大名は、遠征先の集落や寺社に「禁制」という高札を立てさせて、「我が軍はここで濫妨狼藉してはいけません」「放火や伐採をしてはだめです」などとする指示を書くことがあり、信長がそこに「天下布武」のハンコを押していることがよくあったからだ。
しかしこのドラマ、信長がこれをやっているのなら、「宝在心」の上杉謙信や「禄寿応穏」の北条氏政の軍勢も「ほーざーいー……しんっ(しんっ、しんっ、しんっ)!!」「ろくじゅー……おーおぉーん!!」などとやっていたのだろうか。