医療で応用される可能性がある錯覚

──社会的観点から、錯覚の研究はどのような意味があるのでしょうか。

小鷹:わかりやすいのは医療だと思います。

 先ほど紹介した「XRAYHEAD」の前に、僕たちは「XRAYSCOPE」という錯覚体験装置を展示会に出していました。これは、今井健人の学部の卒業制作の成果物です。「XRAYSCOPE」では、指を透視してその中にペンを入れる、という錯覚を体験できます。

 展示会で「XRAYSCOPE」を体験した女性の中に、手首付近に解消されない打撲の痛みを長年の間、患っている方がいらっしゃいました。その方は、錯覚体験中、打撲の痛みが取れたとおっしゃっていて。

 現実で「からだ」の整合性がとれていないとき、僕の言葉では「からだ」を奏でるオーケストラの調和が恒常的に乱れてしまっているとき、錯覚はオーケストラの調和を取り戻す作用を与える可能性があります。

 もう一つ、僕が錯覚に期待していることは、メタバースなどのデジタル空間への応用です。

 先ほど説明したように、現在構築されつつあるメタバースは、現実の自分とメタバースの自分を完全に切り離すことができます。そのため、現実の世界とメタバースの世界の自分が分断してしまう。

 でも、錯覚を用いて、あたかも幽体離脱のように現実とメタバースをシームレスに結合する。そうすれば、現時点のSNSで問題となっているような現実とデジタル世界との差に苦しむ人は少なくなるのではないか、と思っています。