精神科医の目線で映画を徹底的に語り尽くした(写真:アフロ)

 映画には製作者の意図を超えて、隠したい人格や本音、狂気の兆候が映し出される。また、ある映画が爆発的にヒットする場合、製作者の描いた精神世界とオーディエンスの心の葛藤が共鳴している場合もある。ゆえに、時として映画は恐ろしい。

 心の病と向き合う精神科医ともなれば、映画を見ながら思わず登場人物や製作者や観客のダークサイドが透けて見えてしまう。『映画のまなざし転移』(青土社)を上梓した精神科医で批評家の斎藤環氏に聞いた。(聞き手:長野光、ビデオジャーナリスト)

※映画のネタバレを含みますのでご注意ください

──本書では「アウトレイジ ビヨンド」(2012)と、その他の北野武監督の映画について言及しており、北野映画の最大の特徴は「コミュニケーションの欠如だ」と書かれています。特に暴力シーンに、その特徴が表れているという印象を受けました。

斎藤環氏(以下、斎藤):北野監督のデビュー作「その男、凶暴につき」(1989)は衝撃的でしたが、北野映画の暴力描写の特徴は、コミュニケーション、つまり相互性が欠如していることです。

 カンフー映画に見る殴り合いや、いわゆる撃ち合いの銃撃戦のようなものはほとんどなく、多くの場合に暴力の描き方は一撃必殺で、相手がやり返したりする描写はほぼありません。「その男、凶暴につき」で言えば、刑事がヤクの売人の頬を殴り続ける場面は印象的でした。

 しかし、よく見てみると、暴力描写以外の部分でもあまり相互性が見られないのです。セリフも、ほとんど実質的にはモノローグです。

 見かけ上は多少やり取りをしているような印象もありますが、実際は登場人物の言いたいことが一方的に語られている。性行為の描写さえほとんど見られない。

 いろんな面でコミュニケーションの要素を排している。こういった描写の恐ろしさと新しさに惹かれました。

──たけしさんはお笑い芸人・芸能人として成功しているので、コミュニケーションの達人のように思われますが、あえて自分の持ち味を断ち切るような演出を好んだのは、なぜだと思われますか。

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