今の社会は何事も簡素に、便利に、合理的になっているが、それと反比例するように、人々はこれまで以上にデリケートかつ気難しくなっている印象を受ける。デジタルデバイスやインターネット空間が発達し、本音と建前、正義と悪が錯綜する現代という檻の中で、人々の思考と感情が窮屈さに悲鳴を上げている。
そんな時代に、私たちはどのように生きればいいのか。『脳の闇』(新潮新書)を上梓した脳科学者の中野信子氏に聞いた。(聞き手:長野光、ビデオジャーナリスト)
──霊感商法、特殊詐欺、結婚詐欺、悪質なマルチ商法やネズミ講など、最近人を騙してカネを取る事件が頻繁に報道されます。「騙される人間は考えが甘い」などと思ってしまいがちですが、中野さんは「自分が詐欺師だったら高学歴の人を狙うかもしれない」と書かれています。高学歴の人には、つけ込まれる隙があるということでしょうか。
中野信子氏(以下、中野):高学歴の人は「自分だけは人から騙されることはない」というバイアスにかかりやすい人たちと言えます。自分には十分に知性があるから、人を騙そうとする人を見抜く力があると。あるいは、このような言い方は嫌いですが、「自分の周りには人を騙すような“民度の低い”人間はいない」と思い込んでいる。
そして、怪しげな人が近づいてきても、最初から相手を疑うのは失礼だと教えられているため、怪しげな人に対してさえ、失礼な応対をするのはいかがなものかという意識が働き、相手を疑う自分にこそ問題があると考えがちです。
つまり、怪しさを検知する機能を持ってはいても、感度が鈍っている場合があり、そのような一種のバグや穴のようなものを高学歴の人はより多く抱えていると考えられるのです。
──学力の高さのような頭の良さは、人の狡さを見抜くことにはうまく作用しないものでしょうか。
中野:しないと思います。よく出題されるひっかけ問題のようなものであれば、十分にトレーニングを積んでいるので見分けることができると思います。しかし、座学は人一倍努力しているにしても、実地で人間関係を十分にトレーニングしているわけではない。人間関係のトレーニングは学校で教えられるようなものではないので、むしろ勉強することに多大な時間を割いてきた高学歴の人は不利と言えるかもしれません。
付き合う人も限られており、合理的に考えれば人を騙すより自分で稼いだ方が楽だと考える人たちと付き合っていることも多いでしょう。ですから、人を騙して勝ち逃げしようと企むような人は、むしろ、高学歴の人をターゲットにしてもおかしくないと思います。