BEVよりも悪い合成燃料のエネルギー効率
また、合成燃料の経済性については、ドイツでも意見が分かれている。チリの工場は実験施設であり、大規模な商業生産はまだ始まっていない。
ドイツ公共放送連盟(ARD)によると、現在のところこの施設での生産量は1日あたり350リットル程度にとどまっている。この350リットルの合成燃料の生産費用は1万7500ユーロ(245万円)にのぼる。
ドイツ・デュイスブルクの自動車研究センター(CAR)のフェルディナンド・ドゥーデンヘーファー所長は、「合成燃料は生産費用が極めて高く、効率が悪い」と述べている。彼はこの国で最も大きな影響力を持つ、自動車研究者の一人だ。
低効率の一つの理由は、合成燃料の生産に必要なグリーン水素の費用の高さだ。
再エネ電力だけから作られるグリーン水素は、天然ガスなどから作られるグレー水素に比べて生産費用が高い。国際エネルギー機関(IEA)によると、去年10月の時点でグリーン水素1キログラムを生産する費用は3.2~7.7ドルで、グレー水素の生産費用(0.7~1.6ドル)を大幅に上回っていた。
ADACも「再エネ電力を合成燃料に変換する際に失われるエネルギーの量が多いので、合成燃料を使う乗用車のエネルギー効率は非常に悪い」と指摘する。
米国の自動車エンジニア協会(SAE)は「BEVの場合、電力の40~70%を動力として使えるが、合成燃料で動力として使えるのは電力の6~18%にすぎない」と述べ、その非効率性を強調している。ドイツ電気・電子・情報技術協会(VDE)の試算によると、3メガワット(MW)の風力発電設備が1600台のBEVを充電できるとすると、合成燃料を使う車については、同じ電力量で250台しか充電できない。
大規模な合成燃料の生産設備がまだなく、生産量が限られていることも問題だ。ポツダム気候影響研究所のファルコ・エッカート研究員は、「35年に合成燃料が実用化されても、優先的に使われるのは航空機、船舶、化学産業であり、乗用車に回せる分は極めて少ないだろう」と指摘している。
ただしドイツには楽観的な意見もある。
ADACは「ドイツでは再エネ電力の発電費用が化石燃料に比べて下がりつつある。このため2030年代までに、合成燃料の価格は1リッターあたり2ユーロ(280円)を割ることは可能だ」と推定している。ADACによると、今年4月4日のガソリン(スーパーE10)のリッター価格は1.802ユーロ(252円)、ディーゼル用の軽油は1.693ユーロ(237円)だ。
ドレスデンで水電解設備を製造するサンファイアー社のカール・ベルニングハウゼン監査役会会長は、今年末までにノルウェーに年間1000万リッターの合成燃料を生産できる工場を建設する予定だ。同氏も、合成燃料のリッター価格を将来1.2~1.7ユーロ(168~238円)にすることができると予測している。
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