合成燃料を使う新車の販売許可についての法制化もまだ終わっていない。欧州委員会は今後この例外規定について委託法令案を作成し、欧州議会の承認を得なくてはならない。その上で欧州委員会は24年秋までに、EUで認可される車種のリストに、「合成燃料だけを使う車両」という車種を加える方針だ。欧州議会の緑の党の議員たちは、ドイツ政府のゴリ押しによって、内燃機関の新車販売禁止に抜け道が作られたことに不満を抱いており、法制化までには紆余曲折も予想される。
独自動車業界の重点はBEV
ちなみにポルシェの親会社であるフォルクスワーゲン(VW)も含めて、ドイツの大半の自動車メーカーは、今のところ投資の重点をBEVに置いている。
19年にはドイツで登録された新車にBEVとPHV(プラグインハイブリッド)が占める比率は3.1%だったが、20年に政府が購入補助金の額を引き上げたことから、22年にはこの比率が31.4%に激増した。ショルツ政権は今年1月1日からプラグインハイブリッド(PHV)向けの購入補助金を廃止し、BEVに一本化した。このことから、政府がBEVを最重視していることは明らかだ。ドイツでは現在約100万台のBEVが走っているが、ショルツ政権は30年までに普及数を1500万台に引き上げるという目標を持っている。
しかしBEV拡大のネックは、急速充電器が少ないことと、新車の価格の高さ、内燃機関の車に比べると、中古車市場が充実していないことだ(コロナ禍以前のドイツでは内燃機関を積んだベンツやBMWでも、3万キロほど走ると、中古車市場に売られて、新車のほぼ半分の値段で状態の良い車を買うことができた。BEVの場合、まだこうした中古車市場がない)。
ドイツ連邦自動車局(KBA)によると、現在ドイツで使われている乗用車の中でBEVの比率はまだ2.1%にすぎない。この国で毎年登録される新車の中でBEVの比率が増えていくことは間違いないが、普及にかなりの時間がかかるだろう。その意味で、合成燃料がエネルギー効率の悪さと経済性の低さというハードルを克服できた場合、現在すでに使用されている内燃機関の車のCO2収支改善につながる余地はある。
リントナー財務大臣(FDP)は、EUエネルギー閣僚理事会の合意後、「車両税制を見直して、ガソリンやディーゼル用軽油よりも合成燃料を優遇する」という方針を打ち出している。今後ドイツ政府は合成燃料についても、再エネ電力やグリーン水素と同様に、思い切った助成措置を打ち出す可能性がある。
エンジン車の未来は厳しいまま
日本の製造業界では、今回のEU合意について関心が強い。「合成燃料についての妥協は、EUが35年以降、内燃機関の新車販売を禁止するという方針を変更する兆しだろうか?」という質問も受ける。答えはノーだ。
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