米航空ショーで背面を見せて飛行する「F-22」戦闘機(10月30日撮影、米空軍のサイトより)

 ロシアのセルゲイ・ショイグ国防相は11月9日、「ウクライナ南部ヘルソン州で州都を含むドニプロ川の西岸地域から軍を撤退させる方針」を明らかにした。

 これに対し、ウクライナのウォロディミル・ゼレンスキー大統領は「敵はわれわれに贈り物を与えたり、善意を示したりはしない」と述べ、ミハイロ・ポドリャク大統領府長官顧問もツイッターで「ロシア軍が戦わずにヘルソンを撤退する兆候は見られない」と疑問視している。

 米欧からは、「ロシア軍がウクライナ軍を罠にはめて破壊する準備をしている」という情報、他方で「戦闘に誘い込むための罠である可能性は低い」という情報もある。

 ロシア軍のへルソン撤退を「罠」とみるか、「戦線の縮小(後退)」とみるか――。

 罠であればロシア軍は勝利を追求していることであり、戦線の縮小であればこのまま敗北の道をたどることになる。

 戦理から考えると「罠」と考えられるし、今のロシア軍の戦力の実態からすれば「戦線縮小」であろう。

 では、今回の撤退発表が「罠」か「戦線の縮小」か、あるいは「罠と縮小」両者なのか、南部でのこれからの戦いについて分析する。

1.あり得ない「戦闘中の撤退発表」

「撤退」を表明するのは、停戦合意ができた場合のみであり、現に戦っている場合には、撤退という兆候を絶対に出さないのが戦理である。

 戦っている最中に、撤退する前に「我々は撤退する」と敵に伝わるように公言する指揮官はどこにもいない。私は、聞いたことがない。

 それはなぜなのか。軍事作戦で最も難しいのが「撤退作戦」だからだ。

「撤退行動」は、銃を向けている敵を前にして、自分たちは後ろに下がらなければならない。そんなことは、単純に考えても、難しいと分かる。

「撤退行動」のうち、敵と戦っている部隊が敵との戦いをやめて後ろに下がることを「離脱」といい、その後、敵から遠く離れていくことを「離隔」という。

 この「離脱」は極めて困難な作戦だ。

 なぜなら、陣地を放棄して後ろに下がることは、攻撃もできないし、壕から出て防護力がなくなるので、敵からの砲撃を受け損害が大きくなるからだ。

 実際に撤退する場合には、撤退する企図を敵に察知されないために完全に秘匿する。そして、相手に一撃を与え、敵が怯んだすきに逃げるのだ。

 しかし、そう簡単にできることではない。失敗すれば、総崩れになり、敵に陣地を占領されてしまう。

 ハルキウ正面では、ロシア軍の防御部隊の撤退が整然と行われなかったので、混乱して防御が簡単に崩壊してしまった。