(文:上昌広)
アメリカではコロナ対策で前進した医療制度・技術が社会インフラ強化に繋がり始めた。一方、「患者・国民」視点を欠いたままの日本は、技術の社会実装以前の段階に止まっている。医療とは究極的には患者と医師の「自己決定権」の問題だという認識が欠かせない。
9月18日、ジョー・バイデン米大統領は、テレビ放映されたインタビューで、新型コロナウイルスの流行は終わったと表明した。ポストコロナの世界は、これから大きく変化する。コロナ対策で開発された技術が社会実装されるからだ。本稿では、この問題を論じたい。
オンライン診療が緩和するイデオロギー対立
既に変化は具現化している。その1つが、中絶禁止を巡る米国社会の対応だ。今年6月、米連邦最高裁判所は、妊娠中絶の権利を認めた1973年の「ロー対ウェイド判決」を覆した。米国では中絶を認めるか否かを巡り二分され、国を挙げた議論が巻き起こっている。
ただ、米国で「中絶難民」は大きな問題とはなっていない。その理由は2つある。1つは、中絶の手段が手術から薬物に変わっているということだ。米国では2000年にミフェプリストンとミソプロストールという内服薬を用いた中絶が認可された。2019年に行われた中絶の54%は内服薬によるものだ。
もう1つは、コロナ禍でのオンライン診療の普及だ。内服薬を用いた中絶が急増したのは、コロナ流行により、医師との対面診療の要件が緩和され、オンライン診察後に中絶薬を郵送することが認められたからだ。米国在住の大西睦子医師は、
「私が住んでいるマサチューセッツ州の州議会は2022年7月29日、州外に住む患者に中絶サービスを提供する医療従事者を強力に保護する、抜本的な新しい生殖に関する権利法を可決しました」
という。この結果、中絶が禁止されている州に住んでいる人も、中絶を認めるマサチューセッツ州で開業している医師の診察を受け、中絶薬を処方してもらうことができるようになった。
米国社会はオンライン診療が発展することによって、イデオロギー対立を深めることなく、患者は勿論、医師の自己決定権を保障することが可能になった。私は、米国の医療はコロナを契機に新たなステージに入ったと感じている。
日本は対照的だ。経口中絶薬は厚生労働省が承認審査中だが、同省は「(服薬には)配偶者同意が必要」との見解を示している。米国とは全く状況が違うのである。
◎新潮社フォーサイトの関連記事
・いまアメリカ当局者が議論しているウクライナ復興支援「水面下の焦点」
・中国共産党大会の「先」を見通す8冊
・プーチンが進めるウクライナ東部「ロシア化」の実態