浄土真宗が維新政府の宗教政策に強く関与
同時に、廃仏毀釈後の仏教界、特に浄土真宗教団も国内における宗教覇権を目指していました。それまで幕府権力に寄り添った浄土宗や天台宗、臨済宗といった仏教勢力が没落していく中、「一向宗」という名称で藩によっては禁制対象になっていた浄土真宗が、廃仏毀釈をきっかけに勃興します。その背景には、真宗門徒の結束の固さと、資金力がありました。
浄土真宗は、資金力をもって新政府にすり寄り、岩倉使節団への合流を果たします。政府要人と僧侶が海外視察に同行したわけですから、その後は浄土真宗が維新政府の宗教政策に強く関与していくことになりました。
――政府との連携で浄土真宗が先行し、それを他宗派が追いかける構図になります。勢力拡張を本能とする宗教にとってそれは自然の流れだったのでしょうか。
鵜飼氏:その通りです。どの宗教にも「布教拡大」の本能があります。結びつきの強い宗教であればあるほど、その傾向は強い。
日本仏教の場合、多くの宗派に分かれています。その多くは、結びつきや教義が「ゆるい」のが特徴です。例えば、禅宗系宗派は「ひたすら坐禅をしましょう」。浄土宗は「南無阿弥陀仏とさえ称えれば、極楽に往生できます」。そうした、ゆるい教団同士に争いの種はあまりありません。同時にその「ゆるさ」は、幕府権力にとっては利用しやすかった。ポリシーがないわけですから、権力へ抗うこともしない。
そのため浄土宗や天台宗などは江戸時代、権力をうまく利用しながらも、虎視眈々と勢力を拡大します。しかし、幕府に庇護された宗派は、明治維新で権力構造が替わった瞬間に拠り所を失って衰退していきます。
――江戸幕府から明治政府に権力が移行するタイミングで仏教界もゲームチェンジがあったわけですね。
鵜飼氏:浄土真宗系や日蓮宗系は原理主義的な側面があり、他の宗派を容認しない傾向があります。また門徒や信者の結束がとても強い。浄土真宗はその原動力をもって、廃仏毀釈で徹底的に仏教寺院が破壊されて宗教空白地になっていた南九州を中心に大布教をかけます。
明治政府はといえば、欧米列強の一神教支配を参考にしていたわけですから、天皇(神)を中心とする「国家神道」は実にしっくりくると考えていました。そこに、資金力と結束力のある浄土真宗のほうから、接近してきたのです。浄土真宗が政治に近寄ると、他の宗派も“嫉妬”し始めます。結果的に、仏教界全体が国家神道に「服従」していくことになりました。