サイエンス教育の最先端を行く「海城」の新理科館
いま、私学の先生たちと会話すると、もっとも見学したい施設として名前が挙がるのが海城の新理科館だ。斬新なデザインの4階建てだが、見学して歩くと階ごとに学習テーマの異なる造りになっており、画一的な校舎建築のイメージはまるでない。
海城は今年も東大合格者が57名という全国有数の男子進学校であるが、旧来型の大学受験教育ではなく、新理科館に象徴されるように、高度な知的刺激を与え、生徒自らが成長することを目指している。
新理科館の特徴は単なるデザイン上のものかと思ったら、地中の熱をヒートポンプでくみ上げる地中熱交換井(ボアホール)があったり、調湿効果のある大谷石を一面に配した壁があったり、屋上には太陽光・風力発電の装置があったり、樹木・草花が植えられた築山があったり……と、実にさまざまな顔を有している。所々に「気づきサイン」のマークがあり、新理科館のこうした工夫の数々が理解できるようになっている。学習面でも、壁面をホワイトボードにしてグループワークに活用しやすい教室がある。
理科職員室には物理・化学・生物が各6名、地学が3名という充実した先生たちがいる(講師を含む)。それに加え、物化生地それぞれに1名ずつ実験助手もいる。1学年8クラスだが、文系:理系のクラスは3:5か2:6のどちらかになるので、理科の先生が大勢いるのだ。
なによりも、地学の専任教諭が山田直樹教諭と佐々木勇人教諭の2名もいることに驚いた。大学時代の専攻は地球環境と岩石物性。それぞれ16コマ持っているというので、理科のカリキュラムを尋ねたら、中1・中2は物理・化学・生物・地学1コマずつ学び、中3は物理・生物を2コマずつ、高1で化学・地学を2コマずつ学ぶ。高2から文理が分かれ、文系の希望者50名くらいが高2・高3の地学基礎を選択するという。
海城はこれまで東大の推薦入試で8名の合格者が出ているが、うち4名は地学オリンピックの日本代表に選出された。今年は地学部に所属していた生徒がカリフォルニア工科大学に合格してもいる。このように生徒たちが地学分野で目覚ましい活躍をしていることもあり、海城はしっかりと地学を教えているのである。
新理科館の工夫でもっとも面白いと思ったのが、玄関を入った正面の床にはめ込まれた、地層のはぎとり標本だ。本来垂直方向に露出した地層をはぎとって、水平方向に並べて展示している。新理科館の建築に際して、地学の教員が要望して地下10mまでの地層のうち6m分を採取したものである。地学実験室前にはさらに、地下100mのボーリングによって出た土砂を、高さ2mの円柱表面に貼り付けた展示物もあった。
ほかにも教員の専門が色濃く反映されていて、アメリカから輸入した流水地形実験装置(流水によって侵食・運搬・堆積がどう起こり、地形がどう変化していくか観察できる)があったり、岩石処理室(岩石カッターや研磨用のグラインダーまで備えられている)があったりする。
壁際には、大小さまざまな岩石、容器に入った砂などが多数並べられている。顔を近づけて容器のラベルを見ると、シンガポール・ハワイ・台湾・南極など国外のものも多い。岩石には佐々木教諭自らが旅して入手してきたものがあり、中には世界的に見ても露出している地域が限られるマントルの岩石など、貴重なものもあった。0.03mmの厚さに研磨した岩石を観察するOLYMPUS製の偏光顕微鏡が45台も備えられているのは圧巻だった。
地学が広がらないという話になったとき、山田教諭が教えてくれた「今年度から、理系地学の教科書は啓林館のもの1種類しかないんです」という事実にはショックを受けた。教科書会社がビジネスにならないほど採択数が少ないということだ。
今の海城のカリキュラムでは、全員が最低でも3年間は地学を学ぶ。それも専任が2名という恵まれた環境があることが一因となっているのだろう。やはり教育においては教員、施設・設備という環境(インフラ)の持つ意味は大きいと実感した。