ロシアはヨーロッパではない

 今回のウクライナ戦争を理解するためには、「ロシアはヨーロッパではない」という認識が不可欠である。

 前々回の「舛添直言」で、サミュエル・ハンチントンの『文明の衝突』(原著1996年、邦訳1998年)を紹介し、ロシアやウクライナやベラルーシが西欧とは異なる「東方正教会」文明圏に属することを説明した。

(参考)https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/69559

 ハンチントンの考察に加えて興味深いのが、A.R.マイヤーズ(宮島直機訳)『中世ヨーロッパの身分制議会』(刀水書房、原著1975年、邦訳1996年)の主張である。

 マイヤーズは東方正教会圏とカトリック教会圏を対比させ、後者がヨーロッパで、前者はヨーロッパではないと断言する。

 13世紀以降のカトリック教会圏には、聖職者、貴族、都市民という身分(団体)が存在し、身分制議会が登場し、彼らが国王に対抗した。そして、自らの団体の権利を守るために、政治的自由や社会的規律を誕生させたという。この伝統を継承する地域がヨーロッパである。

 一方、東方正教会圏には身分という考え方は生まれず、政治的自由も社会的規律も育たなかった。このような地域(ロシアやバルカン諸国など)はヨーロッパではない。

 身分制議会が出現する前に、ツァーリが専政君主として登場し、貴族も皇帝に仕える役人にすぎなかった。ロシア帝国とは「無制限の独裁政治であった。無制限の独裁であったればこそ大ロシア帝国は存在した」(日露戦争ポーツマス講和会議のロシア代表、ウイッテの言葉)のである。

 自由も規律もない所では、圧政と民族間の憎悪が支配的となる。今日のウクライナの惨状は、ユーゴスラビア解体の過程で見たようなバルカン半島における民族間の残虐な殺戮行為と二重写しになる。

 これが、東方正教会文明圏の特質であるが、ロシア正教界のトップ、モスクワ総主教のキリルは、ロシアの内外の敵と戦うために、プーチンと共に団結せよと訴えている。ウクライナ正教会はこれと真っ向から対立している。今や東方正教会も分裂してしまった。

 プーチンは東方正教会文明が生み出した現代のツァーリであるという認識が必要である。ヨーロッパの政治家とは違うのである。

2020年2月1日、ロシア正教会のトップ・キリル総主教(右)の着座11周年を祝福するプーチン大統領(写真:ロイター/アフロ)