十二鬼月のネーミング
ここでいよいよ無惨のセンスの変遷に迫ってみたい。まず無惨は、黒死牟を十二鬼月最初の一員に迎え、その際ホーリーネームを与えた。これは過去を捨てたいと思う黒死牟が自作した名前である可能性も
だからなのか、その名前はいささかストレートでいかにも偽悪的である。黒、死、そして牟(むさぼる)。漢字のチョイスも難解ではなく、平凡とすらいえる。おそらく使いたい漢字が先にあって、それらを組み合わせて発音を定めたのではないだろうか。その作りは複雑ではない。
次に猗窩座である。アカザという発音からして珍妙だが、その漢字を個別に見ると、猗に強い意味はなく、窩は薄暗いくぼみを意味し、座は文字通りの意味である。猗窩座のうち猗と窩は、中国の古典に散見するが、日本語の文献に登場することはあまりなく、人名で使われることも稀で、一部の儒学者(藤原惺窩や奥村蒙窩)が使っているぐらいである。
人間時代に貧困な識字能力しかなかっただろう猗窩座当人が選びそうにない(おそらく書けもしない)漢字なので、無惨はこの無学で実直な若き鬼から尊崇を買おうとして、わざと当人が知りもしないような難読漢字を選んだのかもしれない。もちろん猗窩座当人だけでなく、周囲の鬼たちからも羨望される特権階級の資格を示す効果も狙っていただろう。ホーリーネームとはそういう仕組みで使われるものである。
無惨は当初、名前を与えられる鬼個人の前歴や性格に関係なく、響きの面白さと漢字の重みを重視して名付けるつもりでいたのだろう。