(乃至 政彦:歴史家)
丁寧な考察と鋭い視点で話題を呼んだ連載をまとめた書籍『謙信越山』を発売する歴史家、乃至政彦氏による大人気漫画『鬼滅の刃』を考察するシリーズ第2弾。
本稿では、『鬼滅の刃』に登場する「鬼殺隊」という鬼狩り組織が、いつ成立したかを見ていこう。※記事中『鬼滅の刃』のネタバレを一部に含みます。ご注意ください
◉歴史家が考える鬼滅の刃①-1『善逸伝』の一考察(前編)
◉歴史家が考える鬼滅の刃①-2『善逸伝』の一考察(後編)
鬼殺隊の成立時期
人気漫画『鬼滅の刃』には、考察したくなるところがたくさんある。今回は「鬼殺隊」の歴史を考えてみよう。
作中で明記されてはいないが、鬼舞辻無惨の滅殺を願う彼ら鬼狩りが千年以上暗闘している歴史と、大正時代に「政府非公認」なのに目立つ隊服を着て、帯刀する様子から、明確な組織化は、意外にも明治以降なのではないかと推測される。
鬼殺隊は「人間に仇なす鬼」を滅殺する(殺して滅ぼす)ための組織だ。ただしその存在は「政府から正式に認められていない」(第4話)という。政府は鬼の存在を認めていないので(知らないだけかもしれない)、鬼を滅殺する組織もまた非公式なのだ。すると鬼殺隊は民間に運営される非合法な組織で、
彼ら鬼殺隊は「古(いにしえ)より存在していて今日も鬼を狩る」と概説されているように、かなり長い年月の間、鬼狩りを本義として、作品舞台の大正時代も変わらない使命として受け継がれている。
だが、この組織がいつ作られて、どのような背景をもっているのか朦朧としており、詳しいことがわかっていない。
とはいえ、これを探るための手がかりがないわけでもない。ここでは公式情報に、いくばくかの歴史知識を交えることで、その成立背景を考察してみよう。
最初に言っておくと、わたしは鬼殺隊という組織は、明治時代に成立したと考えている。
大正時代の鬼殺隊
まずは大正時代の鬼殺隊が社会的にどのような位置付けにあったのか、そこから考えてみたい。
本編とは別に公式情報を紹介する『鬼滅の刃公式ファンブック 鬼殺隊見聞録』(以下『見聞録』と略称す)によると、鬼殺隊は「政府非公認組織」で、その人数は「およそ数百名で構成されている」という。「別名[鬼狩り]」という情報もあるが、こちらはあくまで俗称であるようだ。
政府が非公認の組織というと、修験道の山伏グループや中国の青幇みたいな秘密結社を連想する人もいるだろう。
ただ、作中における「政府から正式に認められていない」という記述は、秘密結社の描写として違和感がある。組織の実在自体を否定する響きが強いためだ。例えば、暴力団やテロリストグループなどという反社会組織の場合、政府はその実在自体は認めている。だからそこでは「正式に」認める/認めないではなく、その存続と活動を認めないという表現が妥当になろう。だがそこに「正式に」という言葉が入る以上、「正式にではないが──」という含みがあることになる。
この「政府非公認組織」という表現から、裏を返せば政府は公認こそしていないが、黙認している可能性を読み取れる。または実際に支援していることも考えられよう。
国家の管理下にある非公認組織とはどういう存在か。これは(暗殺者や工作員の養成と派遣を束ねる)隠密の忍者集団、または秘密の諜報機関を想像するとわかりやすいだろう。
政府にとって必要不可欠の存在でも、内外にそうした機関を利用していることを公言したくない場合、それは非公認として隠匿される。法的に存在しない団体なので、ことが明るみになっても“死して屍拾う者なし”と、知らぬ存ぜぬで切り捨てられる。だからこれらが「正式に認められ」ることは未来永劫ないのである。
この時代の日本政府が、鬼の存在を──国民および国際社会において──公開できない理由は容易に想像できる。日本が先進国の仲間入りをするにおいて、「鬼」などという科学的説明が困難な生物を公認する国家であると認知されることは、極力避けたい事態に違いない。万が一、事情を知らない他国民に、鬼の人権でも主張されたりしたら、さらにまずい。なぜなら鬼たちは、元人間だからである。