菅義偉首相が福島第一原子力発電所の事故後に溜り続けてきた処理水の放出を決断したことは、リーダーシップの発揮として評価されるに違いない。
不退転の決断に至る最後の詰めが、3月6日の福島県訪問と東日本大震災10年後の状況視察で「いつまでも待てない」と語ったことである。
そして、翌7日の官邸で岸宏・全国漁業協同組合連合会(全漁連)会長と会談して専門家が示した「現実的な選択肢」に言及して「政府の方針を決定したい」と述べ、その後記者団に「近日中に判断したい」と語ったことであった。
原発事故直後から処理水の処分方法について検討されてきたが、結論が出ないままであった。近年でも毎日140トンの処理水が発生し、福島原発の敷地には処理水を貯蔵した1061基のタンクがあり、後2年で処理水タンクの保管場所がなくなるとされる。
処理水の処分方法には地層注入、海洋放出、水蒸気放出、水素放出、地下埋設の5つの選択肢があるとされてきたが、大勢は大気中への放出と海洋放出に絞られてきた。
大気中への放出は放射線物質の拡散が天候などに影響されるが、海流は大きく変わらない点で拡散の予測がしやすいなどから、昨(2020)年1月の経済産業省の「処理水小委員会」で「海洋放出がより確実」との結論に至っていた。
あとは風評被害などに対する万全の策を講じて全漁連の理解を得た上での決断だけであった。いよいよ、その時が来たということである。
問題視されているトリチウム
トリチウムは水素(記号Hであらわされ、原子核の陽子と外殻の電子各1個からなる)の同位体である。
水素の原子核に中性子1個が加わったものは質量数が2となり重水素(D)と呼ばれ、安定しており自然界にも豊富に存在する。
水素の原子核にさらに中性子1個が加わり、質量数が3となるのがトリチウム(T)で三重水素とも呼ばれる。
地球環境においては一定量が酸素と結びついて水中や大気中に存在している。例えば体重60キロの人の場合50ベクレル程度のトリチウムを保有している。
いまから半世紀前、筆者は大学院で核融合研究に携わった。
プラズマの閉じ込めに四苦八苦する初期段階であったが、核融合に最も有用な素材が重水素とトリチウムで、超高温で反応(D+T=He+n(14MeV))してヘリウムと中性子になり、14メガエレクトロンボルトの発熱があるというものである。