音楽家の20代はオーケストラやオペラの下積みを現場で体験しないと30代以降使い物にならないという親戚筋の助言で、割の良い受験指導はすべてキッパリやめました。

 学部3年次以降は、大学教養課程1、2年生の内容などではなく、高校生相手の受験指導の切り売りでお金は儲けていたけれど、自分の知はやせ細っていたと思います。

 それを修士1年ですべてストップして、生活を一新しました。

 受験指導の代わりに、ギャラの安い新日フィルの鍵盤奏者、あるいは半年で5万円などという問題外の薄謝、実質「無給助手」で東フィルのオペラ公演副指揮者など現場の叩き上げ見習いに入りました。

 確かにこれがなければ、職業音楽人としての今の私の何もありません。芸大で教える実技もこの時期に体得したものが大半です。

 ただ、修士2年、もう一つ、オーケストラよりさらに薄給の、比較にならないほど安いバイトを振ってもらいました。

 これだけはお受けしたのが、東大内での「代用教員」だったのです。

 私が担当したのは東京大学理学部物理学科、地球物理、天文の3学科共通の学部3年必修実験でした。

 修士2年生の私が、学部3年の実験「最低線だけクリアしたら、あと何やってもいいから」と任せてもらい、カリキュラムをすべて書き直して半期150人ほど、東大内で競争に勝ち抜いてきた3年生たちを教える最初の経験を持つことになった。

 これはまじめに準備しました。

 並居る秀才が真剣に予習してきます。それが毎週毎週ですからこっちは大変です。当時質問に来た学生で、現在も同僚として仲の良い先生(例えば素粒子物理の鳥居さん)になった、生涯の友人を得るきっかけにもなった。

 お金で買えない、得難い経験となりました。