石破茂自民党元幹事長が、6月18日のBS日テレで、2013年の参院選の際、「私が幹事長だったが、やはり広島に2人立てたいという強い意向を安倍晋三首相はお持ちだった。広島は極めて難しい選挙区。中国地方で一番大きな都市で、労働組合の皆さん方の力も強い。今まで自民党が2議席取れたことは一度もない。そこにあえて2人を立てることになると、結局1議席しか取れなくて分断と怨念だけが残るのではないかと、私はその時はずいぶん反対した覚えがある。もう7年も前のことですがね」と語っている。石破氏の反対もあって、この時は1人しか立てなかった。

 2013年参院選というのは、溝手氏が5回目の当選を果たした選挙である。要するに、溝手氏の改選時だけ、広島選挙区で自民2議席を目指そうとしているのである。実に分りやすい動きではないか。

情けない岸田文雄政調会長

 溝手氏は岸田派所属の議員だった。広島1区選出の岸田文雄氏にとって、溝手氏は側近中の側近だったはずである。岸田氏は、安倍首相と溝手氏の確執についても熟知していたはずである。そこに官邸主導で河井案里氏を立ててくるというのは、その狙いが“溝手落とし”であることは、どんな鈍感な人間でも分かることだ。

 本来派閥の長たるものは、こういう時にこそ体を張ってでも派閥のメンバーを守るために、断固として官邸に抵抗すべきであろう。だが岸田氏が抵抗したことは、寡聞にして知らない。

 岸田氏が徹底抗戦をしていたなら河井案里氏の立候補はなかったかもしれない。そうすれば河井夫妻による大規模な買収事件も起こらなかったかもしれない。岸田氏の責任は、決して小さくはない。

 最近の岸田氏をテレビなどで見ると安倍首相と同じアベノマスクを着けている。首相の座の禅譲を期待してのことなのだろうが、みっともないだけである。

「溝手さんの票を取らないと」

 6月28日付の朝日新聞に、興味深い記事が掲載されていた。「(金を受け取った)議員らの証言を総合すると、強く意識していたのが同じ自民党の溝手氏の存在だった。案里議員の陣営スタッフは、『強力なライバルになる』(検察への供述)とみて警戒した」。選挙用ポスターを手がけた業者は取材に「案里議員が『溝手さんの票を取らないといけない』と話していた」と証言。また遊説ルートについて、「溝手たち『敵陣営』にばれると困る」などと検察に供述した陣営幹部もいた、というのだ。

 実際、河井克行容疑者は、三原市の天満祥典市長に150万円渡していた。当初は受け取りを否定していたが、その後受領を認め、市長辞職を表明している。