さらに2012年2月28日には、当時、民主党野田佳彦政権が提出していた消費税増税関連法案への賛成と引き換えに衆院選を迫る「話し合い解散」に言及した安倍晋三元首相に対し、参院幹事長だった溝手氏が記者会見で、「(安倍氏は)もう過去の人だ。主導権を取ろうと発言したのだろうが、執行部の中にそういう話はない」と不快感を表明したのだ。

 だが「話し合い解散」は実行に移され、この年の11月に衆院解散が行なわれた。結果は、民主党の大惨敗、自民党の圧勝で安倍第2次政権が誕生することになった。

 安倍首相にとって、溝手氏が憎い相手だったことは間違いない。河井案里氏の広島選挙区での擁立の大目的が“溝手落とし”にあったことは、十分に考えられることなのである。

なぜ溝手氏の改選時だけ2議席を目指すのか

 建前上は、自民党本部も首相官邸も広島選挙区で「2議席独占を目指していた」という(広島選挙区はそれまで与野党が1議席ずつ分け合っていた)。だがそうであるなら、いくら溝手氏が当選回数を重ねたベテランだったとしても、本部からの資金が溝手陣営には1500万円、河井案里陣営には1億5000万円、というのは差がありすぎるだろう。