経済全体を見れば、同国の動機は一層鮮明になる。エジプトは経済がきわめて脆弱で、慢性的な国際収支の赤字を外国からの経済援助、IMF融資、観光収入、スエズ運河通航料、在外エジプト人労働者からの送金で補っている。1人当たりのGDPは2907ドル(2018年)で、日本の17分の1、周辺国と比較してもトルコの5分の1、イランの半分以下、チュニジアやモロッコ以下という貧しい国だ。

 IMFの勧告にしたがってガソリンや基礎食料品を値上げすると暴動が起きる(筆者が留学中の1986年3月にも、経済的不満を背景とする治安警察官の暴動が起き、外出が10日間禁止された)。

筆者がカイロ留学時代の1986年 3月には治安警察官による暴動が起きた。写真はその鎮圧のために出動したエジプト軍(筆者撮影)

 同国の経済情勢は最近、一段と悪化している。2011年の「アラブの春」の動乱以降、観光収入が激減し、そこに原油価格暴落(エジプトは日産約50万バレルの産油国)やコロナ・ショックが追い打ちをかけ、IMF融資と年間20億ドルから50億ドルの経済援助がなければ、経済は破綻をきたす(IMFは先月、エジプトに対する27億7200万ドル=約2980億円の緊急コロナ対策融資を決定した)。エジプト政府の経済関係閣僚は常に先進国や湾岸産油国と経済援助獲得の交渉をしており、どれだけ援助が獲得できるかが、政権にとって死活問題となっている。

 こうしたエジプトにとって、小池氏のようにエジプトに多額の経済援助を供与している国の著名政治家が、実は卒業していないと言うのは簡単ではない。元々腐敗が横行する国であり、日本から援助を引き続きスムーズに得られるなら、1人の人間の不正な卒業を見逃すことなど痛くも痒くもない。そうした中で、小池氏を擁護する役割を果たしているのがサーレハ氏というわけだ。同氏にとっても、自分の仕事を学長にアピールし、将来の文学部長への布石にもなる。カイロ大学文学部(オリエント言語学科ヘブライ語専攻、1995年中退)で学んだ経験がある浅川芳裕氏は2018年6月にツイッターで、小池氏とカイロ大学の学長、文学部長、学科長らは「同じ穴のムジナ」であると述べたが、これがエジプトという国の実態なのだ。これが小池氏の言うことが信じられない7つ目の理由である。

小池氏が抱える2つの問題

 以上のとおり、小池氏の説明は嘘と矛盾だらけで、信用するのは到底不可能だ。

 小池氏には2つの問題がある。1つは有印私文書偽造・同行使の疑いだ。これは東京都議会に卒業証書類の現物を提出し、疑いを晴らす必要がある。2つ目が学業実体の有無だ。いくら大学が認めようと、正規の卒業条件を満たさず、カネやコネで卒業証書を手に入れても、学歴と認められないのは当然だ。小池氏は証拠にもとづき、学業実体があったことを証明する義務がある。それができないなら公職を辞任するしかない。

(なお詳しくは、今年1月にJBpressで6回連載した<徹底研究!小池百合子「カイロ大卒」の真偽>を読んで頂きたい。また英語版も順次公開中である。)

≪徹底研究!小池百合子「カイロ大卒」の真偽≫

〈1〉「お使い」レベルのアラビア語 
https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/58847

〈2〉卒論の”嘘”
https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/58851

〈3〉エジプトで横行する「不正卒業証書」
https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/58857

〈4〉「不正入学」というもう一つの疑惑
https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/58869

〈5〉カイロ大学の思惑
https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/58870

【最終回】卒業証明書、卒業証書から浮かび上がる疑問符
https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/58871

≪【英語版】Allegations of fake university degree haunt Tokyo Governor Yuriko Koike ≫

(vol.1) https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/60600

(vol.2) https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/60641

(vol.3) https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/60642

(vol.4) https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/60643

(vol.5) https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/60644

(vol.6) https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/60645