日本のメディアが小池氏の件でカイロ大学に取材に行くと、本来出てくるべき文学部長や学生部長や社会学科長ではなく、職務としては担当外のサーレハ氏が出てきて、小池氏に有利な話をする。
最近、日本では、小池氏の元秘書が編集長を務めるビジネス系雑誌のウェブサイトにおいて、小池氏はカイロ大学を卒業したと力説する、無署名の(したがって信用もない)記事が掲載されたが、その中のエジプト人の発言が文藝春秋に送られてきたサーレハ氏の抗議文のトーンそっくりだった。筆者は、「ああ、今はエジプトに取材に行けないし、これはサーレハ氏がメールで知恵を出して、それを小池氏と相談した上で、一生懸命まとめたんだな」と思ったものである。
カイロ大の歴代日本語学科長と”お友達”
小池氏は、都知事になる以前の国会議員時代、しょっちゅうカイロにやって来ていた。大統領との面会を要望し、カイロの日本大使館の担当者に「外務省の力を見せて頂戴」と強引にねじ込んでくるので、「小池のロジ担当はババ抜き」と言われていたそうだ。ある大使館員は、小池氏の父親の遺灰のナイル川やピラミッドでの散骨準備で大変な思いをしたという。その小池氏が、熱心に“お友達”を作っていたのが、カイロ大学日本語学科だ。サーレハ氏だけでなく、歴代の日本語学科長と親密で、前日本語学科長のハムザ氏(現在はアレキサンドリアにあるエジプト日本科学技術大学の日本研究科教授)も4年前の知事当選に際し、祝福の言葉を贈ったりしている。
小池氏は、自分にとって利用価値がないと思った人間には、尊大で無礼な振る舞いをすることで知られており、筆者の知人にも不快な思いをさせられた人たちは少なくない。その小池氏が、頻繁にカイロに足を運び、日本語学科と親密な関係を作ってきた第一の目的は、今回のように学歴詐称疑惑が取りざたされたとき、助けてもらうためだろう。
カイロ大学は対外的信用を維持するため、サダト・ムバラク時代(1970~2011年)の“不正卒業証書”の事実には口を閉ざしている。過去にそうした不正があったことを認めれば、“不正卒業証書”を受け取った国内外の政治家、有力者、その関係者に影響が及ぶからだ(特にサダト時代は数が多く、影響は計り知れないと思われる)。カイロ大学は小池氏の一件については神経質になっており、カイロ大学の現文学部長アフメド・シェルビーニ氏は、「カイロ大学では2年前から小池氏に関する書類を出す場合は学長の承諾が必要になった」と言う。カイロ大学の職員の1人は「小池氏の件は、政府の上層部が関与しているのではないかと思う」と話した。