そもそも、一般法である国家公務員法には公務員の任期延長規定はあるが、特別法の検察庁法には同種の規定はない。後者が前者に優先するので、黒川氏の任期延長は検察庁法に違反する。国会でも、1981年4月28日、国家公務員法改正の審議で、政府は「検察官に国家公務員法の定年延長は適用されない」と答弁している。

 ところが、黒川氏の任期延長を正当化するために、2月13日の衆議院本会議において、安倍首相は、法律の解釈を変更したとして、検察官にも国家公務員法が適用されるとしてしまったのである。これは、恣意的な解釈であり、法律の専門家なら看過しえない類いの牽強付会である。

 解釈の変更では許されない法律違反なので法改正をするのだというのだろうが、それは法の不遡及の原則に反する。

 安倍首相は、黒川氏の任期延長提案は法務省から官邸に上がってきたと言うが、法務官僚は優秀であり、検察庁法違反の提案をするはずはない。俄には信じがたいことである。もし、法務省が劣化しているのなら、それはそれで問題である。

 法律の解釈は内閣法制局の仕事である。ところが、安倍首相は、その内閣法制局の長官を自分と同じ考えかたの者に替えるような人事(2013年に小松一郎駐仏大使を内閣法制局長官に任命した)も行っている。

 5月15日には、松尾邦弘元検事総長ら検察のOBたち14人が、法務大臣に対して、改正案に反対する意見書を提出した。さらに18日には、東京地検特捜部の熊崎勝彦元部長ら特捜部OBの38人もまた、同様な意見書を法務省に提出している。

 これらの意見書は極めて異例のことであり、検察の危機感を表したものである。政治的に中立とはいえ、検察は、いわば古き良き保守本流である。SNSなど世論の影響もあるが、この検察というエスタブリッシュメントの反発が、首相官邸に翻意を促したのであろう。

長期政権の歪み晒した検察庁法改正案問題

 コロナ対策同様に、今回の検察庁法改正案問題は、安倍長期政権の抱える問題点を一気に白日に下に晒した。どのような制度を作ろうと、それは運営する人間次第で、国民にとってはプラスにもなればマイナスにもなる。

 私は、福田内閣の閣僚として内閣人事庁構想に賛成した。霞ヶ関では官庁の縄張り争いが激しく、「省あって国なし」というような状態であった。そのような状態を改善するためには、省庁の枠を超えて国家全体のことを考えることのできる幹部官僚を育てる必要があった。そこで、内閣が人事権を一元的に握る制度を導入することにしたのである。

 この構想は、自民党が政権に復帰した後、2014年5月30日に、内閣人事局と名前を変えて、安倍内閣の下で実現した。しかし、実際に運用されるようになると、首相官邸の恣意的人事の道具となってしまい、高級官僚たちは、官邸の意向を忖度する行政を行うようになったのである。毅然として所属官庁のレガシーを守ろうとした官僚が左遷されてしまうのを見れば、そのような行動に出るのは当然である。その延長線上にあるのが、今回の検察庁法改正なのである。