「裏切り」と「協力」の先に「搾取」が誕生する理由とは。

(小谷太郎:大学教員・サイエンスライター)

 2019年11月6日、東京大学の大学院生藤本悠雅氏と金子邦彦教授が、「囚人のジレンマで搾取が発生する仕組みを解明」したと発表しました*1

「囚人」と「ジレンマ」と「搾取」とは、まるで関係なさそうな単語の突拍子もない取り合わせです。「囚人のジレンマで搾取が発生する」といわれても、まず日本語として意味が分からないというのが第一印象でしょう。(一般に研究テーマは、専門分野外の人には日本語に思えないようなものが珍しくありません。) この三題噺で一体何が解明されたのでしょうか。

*1https://www.u-tokyo.ac.jp/focus/ja/press/z0109_00248.html

ゲーム理論とは

 囚人とジレンマと搾取について説明するためには、まず「ゲーム理論」という学問分野を紹介する必要があります。

 ゲーム理論は、伝説的な天才数学者ジョン・フォン・ノイマン(1903-1957)が創始した分野です。フォン・ノイマンは量子力学のパイオニアであり、コンピューターの原理の考案者であり、アメリカの核兵器開発を推進した人物であり、あらゆる分野に手を出して社会に影響を及ぼしています。ゲーム理論もまた、今日の社会を形作るフォン・ノイマンの発明のひとつです。

 世の中にはさまざまなゲームがありますが、ゲーム理論で扱うゲームは、参加プレイヤーたちが、ルールに従って自分の手を選択し、全員の手に応じて各プレイヤーの得点や勝敗が決まるものです。

 こう聞くと、チェスや将棋や囲碁の類いが思い浮かぶかもしれません。しかしフォン・ノイマンにいわせると、チェスや将棋や囲碁は、「あんなものゲームじゃない、ただの計算」です。(フォン・ノイマン個人の感想です。)

 チェスや将棋や囲碁の類いは、プレイヤーの取るべき最善の手が、(原理的には)駒の配置によってのみ決まり、(原理的には)計算できます。プレイヤーの自由な選択や意志の介在する余地がありません。これはフォン・ノイマン個人の感想ではなくて事実です。そのようなゲームはゲーム理論の研究対象にはなりにくいのです。

 では、ゲーム理論の研究者が面白いと感じて研究対象とするのはどのようなゲームでしょうか。

 その典型的な例が「囚人のジレンマ」です。