私は一度だけ、2005年頃と思いますが、黒川清さんの主催する昼食で伊藤穣一氏と同席したことがあります。流暢な日本語と英語を駆使してアグレッシブにビジネスを進める人だな、という印象を持ちました。

 2011年の秋、当時の日本国内は東日本大震災と福島第一原子力発電所事故直後で、いまだ騒然とした世情だったのを記憶していますが、MITメディア・ラボの所長に就任したというニュースが報じられ、全世界にちょっとした衝撃が走りました。

 彼は普通の意味で大学を卒業していません。いくつかのコースを修了していますが、バチェラーつまり学士を持っていない。

 もちろん修士もなければ博士でもない。マサチューセッツ工科大学の普通の教授に迎えられることが、そもそも考えにくい。

 ところがいきなり「所長」として無学位の日本人が迎え入れられるという報道でしたから、全世界は驚いたわけです。でも、私は「なるほどな」と思いました。

 学位がある、ない、以前に、伊藤氏は「メディア・ラボ」のいかなる専門でも仕事をしていません。

 しかし「クリエイティブ・コモンズ」などコピーライトに関わる問題にはコミットしており、かつ巨大な資産家で投資家としても知られていました。

 私が第一に理解したことは、経営の立て直しだろう、ということです。

 2008年秋に発生したリーマンショックでMITが莫大な含み損を生み出したことは伝えられていましたが、メディア・ラボ単体で何が起きていたかは知りませんでした。

 ここで学位取得はもとより研究とも教育とも縁遠く、ファイナンスで活躍してきた彼をトップに迎え入れるというのは「経営トップ」として以外には考えられません。