「独立を問う住民投票」をインドネシア政府は絶対に認めることはないといえる。かつてインドネシア領だった東ティモールがやはり長年の独立武装闘争の末、住民投票が実施された。当時のハビビ政権が住民投票に合意した背景には「住民の大半は独立を望まない」と完全に情勢と東ティモール人の民意を読み誤ったことがあるとされている。

 1999年に実施された住民投票の結果約78%という圧倒的多数が独立支持となり、東ティモールは国連の仲介で2002年に独立を果たしたという、インドネシアにとっては悪夢のような、東ティモールの人々にとっては長年の悲願が実現したという前例があるからだ。

偽情報を流したのは誰なのか

 インドネシアではかつて国内で分離独立を求める武装闘争が続いていた地域を「軍事作戦地域(DOM)」に指定して軍の超法規的行動を容認するとともに内外のマスコミの取材を厳しく制限してきた経緯がある。それが東ティモール、アチェとパプアであり、東ティモールは独立し、アチェは2004年12月のスマトラ島沖地震津波という大災害を経て特別自治州としてインドネシア国内に留まることで決着をみた。

 そして現在も残っている地域がパプアなのだ。スハルト政権崩壊(1998年)とともにDOMは解除されたが、しばしば指摘される軍の人権侵害やマスコミの取材制限、そして続く独立運動は依然としてパプア地方をインドネシアの特別な場所として位置付けている。

 そうした歴史的な特殊事情と緊張関係にある現状からパプアは「インドネシア政府にとって喉に刺さったトゲ」と表現される。

 パプアで今起きている状況を冷静にみた場合、軍を中心とする治安組織がこの状況を利用して、その存在感を示そうとしているようにも見える。4月に大統領選が終わり、2024年までの次期政権が樹立するまでの一種の政治的空白期間で起きた今回の事案。

 存在感を増しつつあるイスラム教勢力と民主化の流れの中で社会的な特権や既得権益が狭まりつつあるとされる治安組織。そうした空気を悪用して偽情報に基づく映像などをネットにアップしてパプア人学生に対する警察の強硬手段を背後で煽った勢力の存在が実は密かに指摘されている。

 いわく「全ては誰かが絵を描いた陰謀ではないか」。24日に至るまで発端となった偽情報、偽映像の出どころである「容疑者」が特定されていないことから「特定できないのではなく特定されると困る事情があるのではないか」との憶測も出ているのだ。

 ただ、その正体不明の勢力はパプア人の長年にわたり積もりに積もった「非差別感情」の大きさ、深さを間違いなく見くびっていたことだけは間違いないだろう。パプア人の怒りは収まっていないし、今後騒動が沈静化してもそれが消失することはない。