(文:冬木 糸一)
物語とは、いったいどれほどの力を持っているのか? ギルガメッシュ叙事詩や『イリアス』のように、時に偉大な物語は人々の文化の「基盤」となって、行動や思考に大きな影響を与えることがある。
基盤テキストとはなにか
本書では、そのような世界に対して強い影響力を持つ物語のことを「基盤テキスト」と呼称している。その格好の一例は聖書だ。たとえば、アポロ計画二度目の有人宇宙飛行ミッションにあたるアポロ8号が、月の周回軌道を回っている時に、聖書の『初めに、神は天地を創造された』から始まる10節を、何十億もの地球の人々へ向けたメッセージとして読み上げた。
しかし、アポロ8号が教えてくれた最も大事なことは、聖書などの基盤テキスト(foundational text)がいかに強い影響力をもつかということである。基盤テキストとは、時間の経過とともに影響力や重要性を増し、やがて文化全体のソースコードとなり、人にその人自身の出自を教え、いかに人生を生きるべきかを知らしめるテキストである。基盤テキストはしばしば祭司が管理し、それを帝国や国家の中心に祀っていた。王がこうしたテキストを広めたのは、物語によって征服を正当化して文化内の団結をもたらすことができるという事実に気づいていたからだ。
基盤テキストの影響力は大きいから、当然それを嫌う勢力もいる。実際、宇宙で聖書を読み上げた宇宙飛行士、NASAに対して、無神論者のマダリン・マレイ・オヘアは宇宙飛行活動と関連する場所で聖書を読むことを禁じてほしいと裁判所に申し立てた。また、決して一つの基盤テキストが世界で支配的になるわけでもなく、地域ごとに基盤テキストは異なっており、時にどちらが支配的な基盤テキストであるかを競って争いが起こることもある。