本当に読むに値する「おすすめ本」を紹介する書評サイト「HONZ」から選りすぐりの記事をお届けします。

(文:西野 智紀)

 もうタイトルからして「なんじゃこりゃ」だが、読み終わっても「なんじゃこりゃ」である。でも面白いんだから書評するより仕方ない。本書(通称・まいボコ)を一言で説明するならば、明治時代、夏目漱石や森鴎外といった純文学作家の作品よりも人気を博した忘れ去られしエンタメ作品(著者は「明治娯楽物語」と呼ぶ)が多数存在し、それらをツッコミ入れつつざっくばらんに紹介しまくる本だ。なぜ現在この作品群の知名度が全くないかというと、当時はまだ文学が未成熟、手探り状態にあり、現代の水準からすればどれもこれも「小説未満」で、時代の流れの中で風化してしまったためだ。要するに今読んでもつまらないのである。

 とはいえ、どんなに粗雑でくだらなくても、そこには作家たちの苦悩や大いなる夢があり、現代へとつづくエンタメの源流があった。この抗いがたい熱気を嗅ぎ取ってしまったゆえに、先人たちに敬意を表して、評者も力の限りレビューしたい。

 さて、今も昔も批評がほとんどない「明治娯楽物語」は、著者によれば大まかに三つのジャンルに分類できるそうだ。ちなみに、ほとんどの作品が国立国会図書館デジタルコレクションにてタダで閲覧可能である。

新しい文化を取り入れた娯楽小説

 一つ目は最初期娯楽小説だ。明治になって新しい文化がどんどん入り込み、それを積極的に取り入れて書かれた読み物である。最初期のSF小説や冒険小説もここに含まれる。比較的教育水準の高い人たちが書いていて、粗はあるけれど主人公のキャラクターを科学的解釈や理屈で説得させようとする試みが目立つ。

 本書のタイトルに入っている、森鴎外の『舞姫』の主人公(太田豊太郎)をバンカラとアフリカ人がボコボコにする小説『蛮カラ奇旅行』(明治41年)はここに加えられる。異様に屈強なバンカラ男・島村隼人が、持ち前の筋力や財力をふんだんに利用しつつ、ハイカラ(西洋風に生活する気取った人間)とハイカラの元凶である西洋人に鉄拳制裁しながら世界中を旅するという凄まじい(?)ストーリーで、島村は最終的に30人くらい殺害する。